「あったあった。すまん、待たせたな」

「ありがとうございます。」

先生の声にハッとし急いで日誌を受け取る。

「転校して何週間か経ったけどどうだ?慣れてきたか?」

ギィッと回転椅子の片側に体重をかけながら私の方へ向き直り片腕を机に置きながら優しく微笑み顔を除き込んでそう聞いた。


「はい、なんとか…」

まだろくにクラスに馴染めていないが、学校生活自体は少しずつ慣れて来た。


「何か困った事があればいつでも頼ってくれよ」

先生のその言葉に、いまだ!と心が叫んだ気がした。

「はい!ありがとうございます!」


いつもよりも少し大きな声で笑顔を忘れずに。顔が強張っていた気がするがなんとか練習の成果は出せたのではないだろうか。

そんな風に思っていたが目の前の先生は何も言わず目を大きく見開いて固まっている。


「え、あ、す、すみません…っ大きい声出して…」

恥ずかしくて日誌で顔を隠す。


「いや、すまん吃驚して…。心配してたから、林のこと。林が笑顔で先生嬉しいよ」

ふんわりと目を細めながら笑う先生に、恥ずかしさと嬉しさが入り混じり日誌を両手で抱えながらありがとうございます、と足早に職員室を出た。


ほんとだ。小さな事でも喜んでくれる人がいるんだ。


そう思うと何でも出来る気がした。


…でも気がするだけで、現実は…。


「ぉ、ぉは…」

「でさー、彼氏がー」

「うわ、それ無いよねー」

なかなか上手くいかない…。


「林さん!おはよう!」

落ち込んでいると後ろから声をかけてくれたのはキラキラと眩しい笑顔の川瀬さんだった。


「ぁ、ぇと、ぉ、おはよう、ございます」

「林さん今日日直なんだね!わからない事があったらいつでも言ってね!」

「百合ー!英語の宿題教えてー!全然わかんないー!」

はーい、と笑顔で答え、話してる側からクラスメイトに次々と話しかけられ朝から川瀬さんは忙しそうだ。
だけどいつもニコニコとみんなに丁寧に答えている。


凄いな、と尊敬の眼差しで見つめ彼女の自分には無い柔軟さを見て心の中でよし!と気合いを入れた。

次教室に入って来た人に絶対おはようって言う!自分ルールを決めてドアが開くのを待つ。


「おっはよー!」

「おー、楓太おはよー!」


なんと入って来たのは全く話した事もない男子生徒だった。

彼は口笛を吹きながら自分の席に向かうため私の横を通り過ぎようとする。


なるようになれ!


「あ、麻生君!おはよう!」

「へ?」

ギュッと目を瞑った後、意を決して放った言葉に彼は驚いて動きを止めた。


「あ、えっと、おはよう…ございます…」

言葉が尻すぼみになってだんだんと小さくなっていき彼の瞳から逃げるように視線を彷徨わせた。


「名前…」

「え?」

「覚えてくれてたんだ、俺の名前」

その言葉に次に目を見開いたのは私だった。


「おはよう、林さん」


笑顔でそう言った後、そのまま彼は自分の席へ向かってしまった。

これは目標達成…と思っていいのかな?


その時チャイムの音が鳴り、担任が教室に入って来た所で私は自分の席に向かった。

右隣にはいつのまにか登校していた晴人が大きなあくびをしながら自分の席に座っていた。