「おはよう!…んー、違うな…。おっはよー!…いやいや、馴れ馴れしすぎるよね…。おはようございます!…ってよそよそしいか…」


「…おはよう茉莉花。何してるんだ?」


「うわ!お父さん!!」


晴人に宣言した通り、笑顔で挨拶が出来るように洗面所で練習しているとなかなか出て来ない私を心配してお父さんが音も無くドアの隙間から覗き込んでいた。


「大丈夫か?何か悩んでるのか?」


「違う違う!何でもないよ!私今日日直だからもう行くね!いってきます!」


洗面所を出てリビングに置いてあった通学用鞄を持って私は急いで家を出た。

集中しすぎて全く気付かなかった!
ていうか、あんな恥ずかしい現場見られたら居ても立っても居られない!

走る度、頬に当たる風で熱を冷ましていく。


いつもより早く家を出てしまったためか、下駄箱には同じクラスの子は見当たらなかった。


「早く着きすぎちゃった…」

練習の成果を出せず一瞬気を落としたが、まだ一日の始まり。時間はたっぷりある!と自分を鼓舞しながら、日誌をもらいに職員室へ向かう。


窓から見える景色にはもう桜は映っていなかった。
いつのまにか花びらは散り、緑の葉が生い茂っている。


「…儚いな」


いつか晴人が言っていた。
"この時間は今しかない。だからもったいない"と。

時間はいつも平等で、止まる事を知らない。
ただ過ぎていく時間の中に身を置くしか出来なかった私が、今は一瞬一瞬を噛み締めて生きたいと思っている。


「来年も一緒に見れたらいいな…」

ポツリと零したその言葉と同時に、脳裏には満開の桜を背に笑っている晴人が思い浮かんだ。


「…!いやいやいや、私ってば何でアイツの事ばっか考えてんの!」


思考を消し去る様に何もない顔の横を右手で何度も払いのけた。

職員室の前まで行き一息ついてから引き戸を開ける。

「失礼します。」

部屋をちらりと見渡し、担任を見つけ目的地まで歩みを進める。


「おはようございます。」

「お?ああ、林か。ご苦労様」

先生は真剣にプリントに目を通していたため私が側に来た事に気付かず驚いているようだった。

「日誌を…」

「ああ、今日は林が日直だったな。えーっと、ちょっと待ってくれ」

確かこの辺に…とプリントや教科書が乱雑に置かれている机を掻き分ける様に日誌を探している先生のすぐ側に大きめの封筒が見えた。

とくに気にせず見過ごしてしまうような特別な物ではないが、"2年3組 天野晴人用 教材"と書いてあれば自然と目が止まってしまう。

その文字を見て思い浮かぶのは、いつもおちゃらけている姿や授業中に私に変顔をしてくる晴人の姿。

先生の仕事増やしちゃって…とついついため息を零しつつもしょうがないな、と自然と口角が上がった。