「叶井さん、叶井さん」


そう呼ばれたのは、今にも玉子焼きを焼こうとしているタイミングで、フライパンに向かって傾けていた器を慌てて戻す。
ほんの少しだけ卵液がフライパンに落ちてしまったが、まあそれくらいならいいだろうと、一旦火を止めて振り返る。

しかし、そこに男の姿はない。

叶井さん、と再び聞こえた呼び声に仕方なく洗面所に向かうと、通常なら私の顔が、最近では男の姿が映っている鏡に、初めて見る顔が映っていた。

深い皺の刻まれた顔、白い髪と髭、そして男と同じ灰色の瞳。
私を見て嬉しそうに目を細めたその人は、大変流暢な日本語で「初めまして」と言った。


「ノゾムがいつも世話になっているそうで、一度挨拶させてもらいたいと思っていたんだ。いやあ、まさかこんなに可愛らしいお嬢さんだったとは。私がいなくなったらノゾムはどうなるものかと心配していたが、キミのような人がいてくれるなら安心だ」


いやあ、良かった良かった。と嬉しそうに言って、豪快に笑うその人を手で示して「祖父です」と男は言う。

こちらは完全に外国の人だとわかる顔立ちをしているが、やはりどことなく男に似ている。
まじまじと見つめていると、お祖父さんが笑うのをやめて私を見つめ返したので、ハッとした。