その瞬間、じわじわと、心の内を恐怖が侵食し始める。

それなのに、手の平に変な汗をかいてしまうほど恐怖を感じているのに、もう一度顔を上げたい衝動にも駆られる。

例えるならば、ホラー映画なんかを鑑賞中、怖くて思わず顔を手で覆ってしまったけれど、指の隙間からつい覗き見てしまうような、そんな感覚。

どうにも抗いがたいその衝動に突き動かされるままに、そうっと顔を上げた。

そして、私は見た。見てしまった。――――夜空に浮かぶ、人の姿を。

じわじわと心の内を侵食していた恐怖は、その瞬間驚愕に変わった。

そこから先の行動は、自分でも驚くほど迅速だった。

見上げていた視線を急いで下ろすと、何事もなかったかのように、けれど先ほどよりずっと歩調を速めて歩く。

最早その歩みは競歩の域だが、そこまでいってなぜ走らなかったのかというと、走る方が逆に怖かったからだ。