「スマートフォンには個人情報がたっぷり詰まっていますし、現金やカードが入っているであろう財布もこうしてわかりやすく置き去りにして、そのうえ鍵をかけ忘れて家を出るだなんて、不用心ですね叶井さん」


泥棒にでも入られたらどうするのですか。と男は言うが、絶賛不法侵入中の奴が言うことではない。


「……何なんですか、あなた」


睨み付けつつ訊きながら、もう一度昨日のことを思い出す。

この男は、あの時確かに夜空に浮かんでいた。
いや、もっと正確に言うならば、細長い棒のような物にまたがって、空を飛んでいたように見えた。

その姿は、まるであれだ。そうあれ。ファンタジーな世界によく登場する――。


「僕は、魔法使いですよ」


私が思い浮かべた言葉をなぞるようにそう言った男は、それから不思議そうな顔で首を傾げる。


「てっきりお気付きかと思っていたのですが……もしかして、昨日目が合ったと思ったのは僕の勘違いでしょうか?」


いや、勘違いではない。確かに目は合った。
気のせいであればどんなにいいだろうとは思ったが、その灰色の瞳を私は見た。