「それではいきまーす。よーい、スタート!」

水原の声と、掌(てのひら)をパンっと叩いた音が、俺達以外誰もいない教室に響き渡った。その瞬間、彼の表情が、サッと変わった。鋭く引き込むような瞳で、じっとこちらを見つめ、徐々に距離をつめる。

「広大ちゃん。この前は本当にありがとう。」

『広大ちゃん』って…。似合わないにも程があり、聞いていて寒気がする。そして、いつもより妙に声が低い。これも作戦の内なのだろうか。

「どうしてもお礼がしたくて。ちゃんとしたお礼になるかは分からないけど…もし良かったら…、来週の日曜日、一緒に映画を観に行かない?」

そう言うと、水原はスクールバッグの中を探り、パンフレットを取り出す仕草をした。

「この映画、どうかな?あ、広大ちゃん、小説好きでしょ?俺も広大ちゃんの趣味について知りたくなって。」

水原が恥ずかしそうに微笑んだ。

「駄目…かな…?」

俺はどうしたら良いか分からず、取り敢えずそのチケットを受け取る演技をした。

「受け取ってくれてありがとう。楽しみにしてる。じゃあね。」

そう言うと、水原は再び手を叩いた。