僕は、彼女と初めて話した、あの時の出来事を大まかに話した。勿論、真っ直ぐな態度の彼女から目が離せなくなったことや、それから目で追うようになったことは秘密だ。

「こんなことがあったんだけど…、思い出してくれた？」
「はい。そ、そんなことも、確かにありましたね。」

どうやら思い出してくれたみたいだ。

「…恥ずかしいです。」

湖川さんが俯いて呟いた。

「え？」
「私、あの時、激しい怒りから、ついあんなことをしてしまいました。言葉遣いも悪かったですし、恥ずかしいです…。」

顔が真っ赤になっている。彼女はいつも無表情だけれど、やっぱり、こんな表情もできるんだ。いつもとは違う表情を見ることができて、嬉しい…だなんて、僕はどうかしている。

「恥ずかしがらなくてもいいよ。」
「…どうしてですか？」
「だって、ヒーローみたいに格好良かったから。」
「ヒ、ヒーロー？あの…馬鹿にしてますか？」
「褒め言葉。」
「それなら、いいですけど。」

しかし、女の子に向かって『ヒーロー』というのはあまりよくなかったかもしれない。

「私としては、佐倉くんの方がヒーローだと思います。」
「え？」

予想もしていなかっまた言葉にとても驚いた。
僕がヒーローだなんて、そんなことあるはずがない。僕はいつだって傍観者で、モブ的な立場にいた事しかなかったのだから。

「陽芽が目当てだなんて勝手に勘違いしてごめんなさい。」

彼女が薄ら微笑んだ。
初めて見た彼女の笑顔。僕は一瞬でその表情を脳裏に焼き付ける。

「いいよ。僕のことは、何とでも思ってくれたっていいんだ。」
「何とでもって…。」

本当にそう思っている。僕は君と話せるだけで十分なのだから。
もし…。
もし仮に僕のパートナーが湖川さんだったら、こんな会話を頻繁に交わすことができるのだろうか。そう考えたら、何故か急に切なくなってくる。
真島くんが羨ましい。
しかし、そんな考えは、真島くんにも湖川さんにも桃野さんにも失礼で、本来思ってはいけないことだ。