擦りガラスから僅かに射す西日も途絶えた。医術と錬金術も通じる薬師ティブリンは、部屋を照らす間も惜しみ薬液の混合に没頭していた。秘術と秘薬のためにあらゆる素材を倫理道徳も厭わずに収集していた結果、法にと禁忌に触れ獄舎に囚われていたが、ある時ヴァレニウスに仕える条件で赦免された。今はヴァレニウス邸宅の中にある棟で、ティブリンは生涯を捧げるに値する研究に心血を注いでいた。
 触媒に浸潤させるため、すぐ変化してしまう奇蹟の雫をほんの一滴、加減できるだけ微量をピペットから搾り出そうと息を潜めていた。間に合わせに手元の小さなランタンの光越しに、今にも落下しそうな一滴がぶるぶる震えている。その時だった、番犬のマスティフ達が一斉に咆え始めた。ティブリンの力の抜けた指先からピペットごと触媒の中に落としてしまった。劇薬の触媒の中に手を突っ込むわけにも行かず、まずはティブリンは机を拳で殴りつけた。
「黙れ!駄犬ども!! おまえたちにこの研究の重大さが・・」
 いまいましげに部屋から飛び出たものの、異様に空気に気づいた。邸宅の門の傍で斬り合う音が途切れ途切れに聞こえた。ティブリンは剣など持たず、腕にも自信はなかった。(それほど大勢ではないな。)
「ティブリン様、何事ですか?」
「いいところに来たハルマ、お前も犬の鎖を外すんだ!」