「ねぇ、葉鳥さん。」
名前を呼ばれ、振り返る。
「先生が呼んでたよ。」
「分かりました。」
次の授業の準備をして教室を出た。
5歳の時に感情を捨ててから友達は1人もいない。
何かに興味を持つこともないので成績は学年トップ。
廊下を歩いていると沖という男子が声をかけてきた。
「どこ行くの?」
「職員室です。」
「この間、家族と出かけてた?お父さんとお母さんと葉鳥の3人で。」
「出かけてないですよ。」
休日に外に出ることなんてない。
「本当に?でも…」
「絶対違いますよ。」
振り返って言った。
膝下まで丈のあるスカートが弧を描く。
沖さんと向き合う。
「え?」
「両親なんていませんよ。」
「…どういうことだ?」
沖さんは自分が言ったことの重大さに気が付いたのか聞き返してくる。
「私の両親は私が5歳の時に火事で亡くなっています。」
沖さんは目を泳がせた後、
「ごめん。」
と、頭を深く下げた。
「いえ、大丈夫です。もう何年も前のことです。辛くありません。」
沖さんは頭を上げて私を見つめた。
「本当は、辛いんだろう?」
「え?」
この人は何を言ってるのだろう。
「だって、今、泣きそうな顔してる。」
「っ!」
この人は何を言っているのだろう。
感情なんてものはないのに。
「そんなわけありません。悲しいともなんとも思ってないですもん。だから泣くなんてことありえません。」
「素直になったらいいのに。」
「そう思うならそれで構いません。先生に呼ばれているので。」
頭を軽く下げて廊下を早足で歩いた。