そう思った瞬間。



頬に触れる手にビクリと身体が強張った。





「咲季……どうして泣いてるの?」



添えられた手に導かれるまま顔を上げると目の前に心配そうな相沢くんがいた。



頬の手が涙に濡れたから泣いていると気付いたんだろうけど、私自身、相沢くんに言われるまで泣いてる事に気付かなかった。



「……相沢くん」



微かに相沢くんの名を声に出すと、途端に涙が堰を切った。



次々と溢れる涙に、相沢くんは慌てて上着の袖口を優しく目元に押し当てる。



「泣かないで……咲季……」



それでも止めどなく流れる涙にどうしようもなくなったからか、相沢くんは私の頭を自分の胸元に押し当てて抱きしめてくれた。




「………相沢くん……」




そのまま相沢くんにしがみついて声を殺して泣いていたらまた頬に手が触れた。


その手に誘われるまま顔を上げると目元に優しいキスが落ちてきた。


頬に、額にと何度も軽いキスをされた後にたどり着いた唇では、泣いている事を忘れさせるような深い接吻(くちづけ)に変わっていた。


何もかも忘れさせてくれるような接吻に甘い声が漏れだすと、これで終わりというように一度だけ軽いキスをしてから唇が離れた。



「………落ち着いた?」



いつの間にか、頬に触れていた手が頭上に移動して優しく頭を撫でてくれる。



「………うん」



気恥ずかしさから俯いて足元を見て冷静になれた。




「ごめん。またこんな所で泣いちゃって……」


「別にいいよ。わざとここで泣こうと思ったわけじゃないんだろ?」



ファミレスの裏口で。

既に辺りは暗くてもまだ18時過ぎという時間。

横の駐車場には夕飯にと入ってくる車が次々と来る時間。



あまりの気恥ずかしさに、相沢くんの軽口に返す言葉が見つからない。



でも、なんとなく嬉しくて、少し離れた相沢くんの身体に自分から抱きついてギュッと力を込める。



「咲季………甘えてくれるのは嬉しいけど……場所を変えようか?」



流石にこれ以上この場にいたら誰か出てくるかもしれない。



そう思ったら素直に離れるしかなかった。








「着いたよ」



そう言いながら通った石造りの門柱の先は駐車場と洒落たレストランのような佇まいの建物があった。



玄関先はクリスマス仕様に可愛く飾られていて、やってないけどインスタ映えしそうな写真が撮れそうだ。



バイクから降りると一目散に玄関先のディスプレイを写メりだした。



「気に入った?」


後から来た相沢くんに声をかけられながら背負っていた大きなリュックを外された。


「荷物重くなかった?」



バイクに二人乗りだから乗ってる時は私が相沢くんのリュックを背負っていた。

とはいえ乗ってる時は、荷物が大きいのでバイクの上に載っていたので、荷物が落ちないように腕を通して支えた程度。


バイクを降りてすぐにこの玄関先に歩いてきた時に背負っていたけど浮かれてて重さなんて気にならなかった。




「全然平気。あ!相沢くん、ここで一緒に写真撮ろうよ」


気付けば相沢くんの写真を1枚も持っていなかった。



普段は写真なんて撮らないくせに、付き合った記念に1枚くらい相沢くんとの写真が欲しいと思ってしまった。



「じゃあ俺が撮るよ」



リュックからスマホを取り出した相沢くんがすぐ横に並び、長い腕を伸ばして慣れた手つきで自撮りしようとする。



そのほんの些細な行動にツキリと一瞬胸が苦しくなった。



………友達の多い相沢くんなら何度もツーショットくらい撮った事あるよね。



「………咲季?」



余計な事を考えたから、スマホの画面に映ったのは無表情な私の顔。

それを不審に思った相沢くんが声をかけてきた。



「あ、ごめん。何でもない」



慌ててすぐに営業スマイルを顔に貼り付けて撮り直そうとしていたら、すぐ横の玄関ドアが開いた。




「いらっしゃいませ」



店員さんがこちらに顔を向けて挨拶してきた。



「本日はご予約のお客様で満室ですが……」
「すみません。予約した相沢です」

「相沢様、いらっしゃいませ。ではお先に中でお手続きをよろしいでしょうか?
夜間はずっとライトアップしておりますのでいつでも撮影出来ますよ」



玄関先で勝手に撮影しようとしていた私達はオーナーらしき優しげな男性にそう言われて恐縮した。



「すみません。お願いします」

「はい。ではこちらにどうぞ」




オーナーさんに促されて店内に入るとガラリと世界観が変わった。



「いらっしゃいませ。寒かったでしょう?どうぞ温まって」

カウンター横から出てきた女性はお盆に湯気の立つソーサーを2つと可愛いポットを乗せて、そのまま私達をソファに促した。



「ハーブティーは平気かしら?」

「はい。ありがとうございます」



私が返事をするとテーブルに置いたソーサーにハーブティーを注いでくれた。



「随分と素敵な彼ね。
今日はいっぱい楽しめたかしら?」



……今日?

あ。クリスマスか。

つい1時間半前までバイトだったから忘れてた。

きっと日中に彼とデートしてたと思われたんだろうな。



「はい。ここでも楽しみます」


ハーブティーを手に取りながら営業スマイルで当たり障りない返事をしてみた。



「彼女さんも凄く可愛いらしい方ね。
クリスマスの日に最後のお客様がこんなに理想的な美男美女のカップルだなんて、素敵すぎるわっ!
食事は無いけれどどうぞゆっくり寛いでね」



優しい香りのハーブティーを一口飲むと口の中が温かく潤った。


けれど、女性の最後の言葉が気になった。




「相沢様、こちらにご記帳お願いします」



横では相沢くんが差し出された紙に記入しはじめた。



私はお茶を飲みながらそちらを気にしつつもなんとなく見ないように振る舞った。



それにしても、レストランだと思った店内は明らかにレストランではなかった。

もう食事は無い、ってことは来るのが早い時間なら食事はあったのかな?

どう見てもレストランじゃないし私の見た感じだと映画で見た高級ホテルのロビーが小さくなったような雰囲気………。



そう思った瞬間にざわつく胸の内。



でも、気を逸らそうと辺りを見るとライトアップされてる中庭が気になった。



「中庭はいつでも出入り出来ますからいつでも撮影してくださいね」



私の視線に気付いたからか、相沢くんが記帳してる時にオーナーさんが私に声をかけた。


「ありがとうございます。後で拝見させて頂きます」



ニコリと営業スマイルで答えるとオーナーさんも笑顔を返してくれた。