車がいっぱいのフロントガラスから、すぐ横の窓に顔を向ければ、映画のような街並みが並んでいた。

日本と違って、その街並みにカラフルな電飾などの看板はほとんどない。

道路に沿って立っている建物はそれなりに高いけれど、外壁は石か、レンガのように見える。
時々見える看板も、書いてある文字が英語のせいか、なんだかオシャレ。

「ふわぁ~……おしゃれ……」

香耶は思わず、小さくつぶやいてしまった後で、聞かれていないかと他の乗客を見回す。

誰も見ていないのに安心して、少し前髪を直し、前に向き直ると、おじさんが、あ、と口を開いた。

「まだ遠いけど、今、前の方に時計塔が見えましたね」

えっ?どこ?と、声を漏らしたのは、香耶ではなく、他の誰か。

しかし、その言葉が気になったのは香耶も同じことで。
体を斜めにしてフロントガラスの向こうに目をこらそうとしたが、次の瞬間、横から入ってきた大きな車で、遠くの景色は見えなくなってしまう。

残念そうにする乗客達の表情を見て、ハハッと軽くわらったおじさんは、腕にした鈍い金色の時計を見て言った。

「シドニーに時計塔はいくつかあって、どれも歴史ある建物だから、近くに行ったら見てみるといいと思いますよ」