「皆さん、ようこそ、シドニーへ」
おじさんが、そう切り出したのは、人ごみの中から5分ほど歩いた後のことだった。
周囲に人はそれほど多くなく、さっきまでいた場所よりもやや静か。
何台かタクシーのような車が停車しているから、ここは乗車スペースなのだろう、と香耶は思う。
「それでは、これから今日、宿泊されるホテルへ移動します。荷物は置いて、空いている席に座ってください。」
示されたのは、マイクロバス……というか、大き目のファミリーカーのような、白っぽい車。
おじさんが言い終わる前に運転席から降りて来た、がっしりした茶色い肌の男の人は、荷物を運んでくれるらしい。
にこり、ともせず、車の後方を開き、無言のまま、おじさんの横へ立った。
「ええと、鈴木さん、高橋さん」
名前を呼ばれる順番に、乗っていくらしい。
4番目に名前を呼ばれた香耶が、おじさんの手元をのぞきこむと、ファイルに挟まれた紙には、乗客の名前とホテルの名前が並んでいた。
ああ、と思い出したのは、予約の際に選べる、と言われたホテルのリスト。
好きなホテルを、と言われたものは3つしかなかったけれど、旅行プランは他にもあったんだろう。
枠で区切られたホテルの名前は、パッと見て、5つはあった。
他のホテルはどんなだったろう?
おぼろげな記憶を辿りながら、香耶は荷物を渡し、入ってすぐの一人がけの席へ座った。