がやがやとざわめく中で、うつむき加減に足を進めていた耳に、覚えのある会社の名前が届き、香耶が顔をあげると、人垣の3列目。

小さな頃に見た、遠足で乗ったバスのバスガイドさんが持っていたような、ロゴの入った小さな旗が見えた。

旗を持った、おじさんの顔を見れば、それは、あきらかになじみのある日本人の顔で、香耶はほっとする。
人ごみをかき分けて近づくと、その旗を持っていた中年男性は、香耶を見て、小脇に抱えたファイルを開いた。

「○○旅行です」
「はい」
「お名前は?」
「山本です。山本香耶(やまもと かや」
「山本さん……ああ、はい。ひとりね」
「……はい」

人数を確認されて、ちょっとだけ香耶の声のトーンが落ちる。

いや、おじさんに悪気はないんだろうし、会社としては当たり前のことなんだけれど。

楽しい理由で来ているわけではない香耶は、少し気まずい感じで視線を泳がせた。

「じゃあ、このへんで少し待ってて。集まったら、行くので」

言われて見回せば、数人の日本人と目が合う。

どうやら、同じ旅行会社に申し込んだらしい人達は、カップルに家族連れ……みんな、少し高めのテンションで楽し気に会話していた。