突然、長い休みをとってしまい、職場の人には迷惑をかけただろうし、社会人としてあるまじき状態だとも思うけれど、そもそも香耶は、仕事にそれほどの熱意はない。
しかも、仕事中に彼がやってくる可能性を考えれば、とても……行こうという気持ちにはなれなかった。
今頃、香耶が休んでいる原因を知った人はいるかもしれないけれど、その人達に、失恋して、海外旅行に来ているとは、知られたくない。
『彼氏はいるの?』
そう訊かれて、うれし気に答えた自分を思い出すと、恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。
あの中に、彼が既婚者だと、知っている人はいたんだろうか?
既婚者だって知らずに付き合っていた、とか、不倫している、とか。
そんな男のことを、うれしそうに話す香耶を、バカな女だと笑っている人がいたんだろうか?
職場の面々が、口々にささやきあっている様子を想像してしまい、香耶は浮かび始めていた気分が急速に冷えていくのを感じた。
楽し気な声が飛び交うこの中で、私と同じような気持ちの人は、きっと、いない。
笑顔を交わす、名も知らぬ人達をなるべく視界に入れないように、香耶は下を向き、引いていた荷物の持ち手を握りなおした。