翌日から桃音は早朝ランニングの後に下肢筋力トレーニングを追加した。

学校へ行く頃には眠気がピークだった。


「姫神さん、眠られていますね。少々酷な注文だったのでは?」

「出来るとは思っていない。やろうとするかだ。」

「意地悪が過ぎるのでは?」


「甘えられては困るからな。」


「私には嬉しそうに見えますけどね。」


「まぁ、、、、、可愛いよな。」


眠気でふわふわした頭の中にそんなような会話が入ってきた。


なんの事かを理解する事も出来ないで桃音は眠りについた。


桃音が目を覚ますと、目の前に威圧感たっぷりに桃音を見る主人がいた。


「ほぇ、。ほっ?あっ、、、あぁ!え!ね、寝ちゃって、ご、ごめんなさい!肩!か、、、あっ!ヨダレ!わぁぁぁあ本当にごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!」

(どうしよう!私王李の肩で寝ちゃった、しかもヨダレ垂らして!怒られるっっ)


「着いたぞ。」

ハンカチで拭う手を払い車から降りる。


怒らせてしまった、桃音は泣き出しそうな気持ちになった。


けれど、泣きそうな顔なんて出来ない。
桃音は屋敷にいる時よりずっと神経を使わなければいけなかった。


学校、その中で桃音はカリスマモデルそういう肩書だった。


若社長の注目株の今をトキメク圧倒的な存在感でなくてはいけない。


校内の人達は桃音の事を姫神様、姫様、神様、そんな風に呼んでいた。桃音ちゃんなんて気軽に呼んでくれる存在はいない。


それは、全て桃音の主人が理由。

桃音の主人神崎王李はランジェリーメーカーの社長だった。


社長がすぐ隣にいるが故、誰も桃音には気軽に話しかけられなかった。

勿論王李に話しかける生徒もいなかった。


最近王李の会社はコスメブランドにも手を出し名だたる有名ブランドに肩を並べていた。


校内の人達から一層かけ離れた存在になる。


(友達欲しいなぁ)


毎日そんなような事を思っていても実際には無理だった。

ただ、1人を除いては。



「王ちゃーん!」


桃音の主人王李に背後から抱き付く。


仏頂面の王李の口角が少し上がる。


「王ちゃんおはよう🎵あ、桃ちゃんもおはよう!」


唯一桃音を桃ちゃんと呼ぶ存在。


桃音と同じく今をトキメク圧倒的な存在。メンズモデルの潤瀬愛都。

「マナ。いきなり飛びついてきたら驚くだろう。」


「えへへ、王ちゃんに会えたの嬉しくて!」


唯一桃音にフレンドリーに接してくれる存在でいてライバル。


売り上げも、人気も、王李からの期待値も全てにおいて圧倒的敗北を味わされる相手。


「桃ちゃんの新作のCM街中で流れてるね!あれ新作?凄く可愛かった!」


新作のリップのCM、業界の人にも褒められた。今も勿論嬉しい、けれど、ライバルに褒められて素直には喜びきれない。


(いいなぁ、潤瀬君は王李にあんなに気軽に触れて、、、、仲良しで、、、、いいなぁ)


「マナ、私は用事がある。また後でな?」


「えぇー、寂しいよぉ!最近王ちゃん桃ちゃんに付きっきりだよね!悔しいっ!僕の事ももっとちゃんと見てよね!」

愛都はそう言うと背後から正面へ周り、王李の腰を引き寄せ右の頬と耳にキスをした。180センチの体をしならせる。

(わぁぁぁぁぁあ!ズルイ!ズルイよ!潤瀬君、いいなぁ!)


桃音の心の奥がグッと詰まるような感覚に陥る。


1つ歳下の潤瀬に何もかも負けている。


それを目の前の光景でちゃん一層実感させられた。


「こら、悪ふざけが過ぎるぞ。じゃあ、またな?」


こら、そんな言葉を言っているとは思えない程王李の表情は柔らかかった。


王李も心を許す存在。

桃音はまた泣きそうになるのを堪えた。


行くぞ、王李の言葉に桃音は小さく頷いて付いていくので精一杯のだった。


「う、、、、潤瀬君は凄いね。もう本当にプロだなぁ。この前も雑誌の表紙重版したもんね。全然、、、私なんて足元にも及ばないや。」


悔しい気持ちを留めておけず思わず言葉が漏れた。


「お前もああいう風にならなければいけない。凄いなぁじゃない、マナがお前の最初の目的地だ。」



うん、桃音は頷きながら目頭が熱くなるのを堪える。


桃音は半歩歩くのが遅れる。

もう泣かないという事以外何も考えられなくなっていた。


どんなに必死になっても少しも褒められたりなどしない。


まだだ、あと少しだ、ここが足りない。
そんなような事ばかり。
それでも耐えた、ずっと耐えて努力してきた。
気に入られたくて、褒められたくて期待されたくて、近付きたくて。
頑張って頑張って頑張って頑張って、それでも全然届かない。
どうしていいかわからなくて頭がおかしくなりそうになる事もしょっちゅうで、それでもやるしかなくてもう心と体もパンクしそうだ。

(私、、、、どうしたらいいの?)


桃音の足が止まった瞬間強く左に引っ張られた。


「えっ!?」


状況を理解するまもなく引っ張られる。


バタンっ、ガチャン。


気付けばトイレの個室に2人。



(えっ!?えっ!?どういう事!?何この状況!ち、、、、近いよ、、、)


ドンっ


桃音は便座の蓋に座らされる。

「あ、、、あのっ、、、、。」


王李は無言で桃音の制服のリボンを取った。ボタンを上から3つ開ける。

キャミソールの肩紐をずらし、ブラの肩紐も肩から外す。


(えっ!?何!?どういう事!?)


桃音はパニックになりながらされるがままだった。


「ちっ。肩紐の跡が付いてる。今日は撮影がある。こんな朝から跡が付くような下着を付けるな。」



王李はそう言うとポケットからハンカチを取り出し鞄から出した小さなハサミで半分に切り、肩に沿わせた。その上から肩紐を乗せボタンを閉め、リボンを付けた。


「ご、ごめんなさい。」

「お前は私の商品だ、少しもキズを付けるな。あと、、、、いちいち泣きそうな顔をするな。凛としていろ。確かに潤瀬に比べれば劣る、当たり前だ。でもお前はお前で私の中では唯一無二の存在だ、期待値の高いモデルだ。自信を持って背筋を伸ばせ、学校は1番身近な評価の場だ。今のお前をみんな見ている。席巻しろ。」


真っ直ぐな目、真っ直ぐな言葉。
優しさなんて微塵もないけど、それでも桃音には充分だった。

桃音は嬉し泣きしそうになるのを堪えて深く深呼吸した。



(そうだよね、私は今をトキメク圧倒的な存在。ここではそれを貫かなきゃ、王李の期待に答えなきゃ)