「やっぱり豊さんは面白いなー」

「そうですね。DVDでは何度か観た事あったけれど生で見るのは初めてです。」

「俺絶対豊さんは売れると思うんだよねぇ。でも今度深夜枠のお笑い番組にも出るみたいよ」

「それは楽しみですねッ。」

豊さんの出番が終わって、お笑いライブが終わるまでの2時間。
時計は全く進まない。1秒ごとに考える事と言えば、真央の事ばかりだった。

あいつ大丈夫かな?具合い悪くなってないかな?本当に私坂上さんに何も言わなくて良かったのかな?

もしも撮影中に何かあったら…どうしよう。  考えないようにすればするほど彼の事ばかりを考えてしまう。今日はずっとそんな日だった。

これじゃあ何の為にお笑いライブに来たのか分かったもんじゃない。これじゃあ招待してくれた豊さんにも、一緒に来てくれた昴さんにも失礼だ。私は何をやっているんだ。


豊さんに再び挨拶を済ませ、夕暮れの沈みかけた街の雑踏の中で昴さんの少し後ろを歩く。

もう陽も沈みかけたというのに、気温はちっとも下がってはくれない。真夏の夜の蒸し暑さ。むわっとした生温い風が頬を擽る。

「予約していた焼き肉屋さんが直ぐ近くなんだ。歩いて行ける距離だけど、大丈夫?
それともタクシー拾っちゃおうっか?」

私が上の空だった事など昴さんにはとっくに気づかれているだろう。
優しい気遣いが今はとても心苦しい。
それでも昴さんはその完璧な笑顔を崩さないままで居てくれたから。

「私は大丈夫です。歩きましょう」