でも私に出来る事はない。
’ありがとう’と言って私の用意した保冷バックを受け取った時の真央の弱々しい笑顔を思い出す。
忘れようとしても直ぐに私の頭を支配してしまう存在。名前を口に出しただけで、胸がキュッと締め付けられてあなたでいっぱいになる。
舞台が始まって、観客から笑いが一斉に零れる。
それでもそのステージに集中する事が出来ない。なんて失礼な話だ。
皆に合わせて何となく乾いた笑いを浮かべて、その内容は頭には一切入って来なかった。
コンビで出ているお笑い芸人のツッコミ役がボケに突っ込むと、皆が一斉に笑う。それに合わせワンテンポ遅れて笑う振りをした。
時間が気になって、何回も携帯へ目を落とす。
隣にいた昴さんが小さく耳打ちをする。
「次豊さんだよ」
「あ、そうですね…」
「大丈夫?あんまり楽しくない?」
「いえ、すっごく楽しいです」
昴さんに向かって笑顔を作る。
本来であるのならば、とても楽しいステージなのだと思う。
笑う事で人のストレスは半減するらしい。だからこそ今日は笑いたいのに…ステージだけに集中したいのに…。
豊さんが舞台に上がる。寮に居る時とは全然違う顔。
精悍な顔つきで、目の前のお客さんと向き合ってるのがよく分かる。
コントで紡がれる言葉でドッと会場に笑いが起こる。その姿に豊さんはとても満足そうで嬉し気だ。舞台に立つ豊さんは普段よりも何倍も輝いて見えた。
自分で選んだ職業だから当たり前なんだよね。
20分程度の出番だったが、それもあっという間に感じた。ステージからはける時に豊さんと少しだけ目が合ったような気がした。