じめっとした空気には似つかわしくない、軽やかな声。

聴き馴染みのない声はもちろん、透明なビニール傘越しに私をみつけた顔からも、誰だか記憶をつなぎ合わせることが難しいほどの彼が、私の名前を呼んだ。


「…葉月(はづき)くん?」


だっけ?


雨天の中でも、少しだけ間抜けな顔をしていても、太陽を容易に思い出させる不思議な雰囲気。

湿気にも左右されないサラサラの髪と、男の人なのにタレ目がちな瞳。

どことなく柴犬に似たこの人を、大学のゼミで見かけた気がする。




「店、定休日だけどあがってく?」

「え?」

「へ?」


その程度でしかなかったから、葉月くんが何をいってるのか、なんてことのない簡単な日本語だったはずなのに一瞬わからなくて。


強くなっていく雨音のせいにしたいほど、噛み合わない会話に2人して苦笑した。