「噂は好きに流させておけばよい」

 ジークは短く言ったが、エイミは訳がわからなかった。
 領主が優しく立派な人物だとわかれば、領民はみんな喜ぶのではないだろうか。

 エイミの怪訝そうな顔で察したのか、ジークは言葉を足した。

「我がノービルド領は、南北に細長く、三カ国と国境を接している。いまは比較的情勢が安定しているが、いつまた攻め込まれて、戦いになるとも限らない。だから、ノービルドを守る俺は、極悪非道だと広く伝わっていたほうが都合が良いのだ」
「な、なるほど! そうなんですね、私みたいな庶民には考えが及ばない深い理由があったのですね」

 偉い人はやはり違うと、エイミは感銘を受けた。が、それを見ていたアルは首をすくめて、ため息をついた。

「なんだか格好いいこと言ってますけど、そんなの建前で、本音はただただ人付き合いが苦手なだけですよね」
「アル。余計なことは言わなくていい」

 ジークは苦虫をかみつぶしたような顔でアルをにらみつけた。どうやら図星……だったらしい。

(まだわからないことも多いけど、とりあえずなぶり殺しにされることはなさそう……かな?)

 エイミは賑やかなハットオル家の人々を前にして、ふふっと笑ってしまった。

 ついていないこと続きの人生だったけど、今回ばかりは、ものすご~くついていたのかも知れない。