「そういうのって、人それぞれでしょ。自分のペースってもんがあるんだから別に皆に言いふらすようなもんじゃないと思うけど」



…!



そこには、さっきまではいなかった男の人。
長身で、黒縁眼鏡をかけてて、黒髪。
普通に、かっこいい部類に入ると思う。
そんな彼が、言いふらそうとしていた彼女の腕を握り、制していた。



「ちょっ…分かったわよ。離して」
「ん」



彼が離したその腕はするりと抜けて、彼女は皆の元へ走っていく。




ドサ。




!?




「あ…」




やっと埋まった左の席。助けてくれた彼。
えっと、誰だっけ。
やばい、私全然学年の人覚えてない!
私、学生の頃は人とつるもうとしなかったから。
毎日クラスの隅っこで過ごして、時々郁恵が話しかけに来てくれるだけだったし。
自分から何かアクションを起こしたことがない。
文化祭や、体育祭も、いい思い出なんてこれっぽっちも無い。
自己嫌悪に浸ってるうちに涙がじわりと滲む。



ダメだ。
こんな風に感傷的になってる場合じゃない!
とりあえず、お礼しないと。
それからだ。



「あの…ありがとう」
「別に」
「……」



別に、はないでしょう。
ありがとう言ってんのに!




「えっ、と、でも、貴方も呆れてる、よね。こんな年齢にもなって、何もしてないなんて」
「…俺の気持ちはさっき言った」
「?」
「人それぞれ」
「あ…」



本心で言ってくれた言葉だったんだ。
それは、嬉しい、かも。



「本当にありがとう」
「いいって」
「えっと、お名前を!お名前を教えていただけますか!」
「…名前、覚えてくれてないんだ」
「すいません…。私、貴方だけじゃなくてここにいる人大半、覚えてなくて…」
「へぇ、なのに、ここに来たんだ」
「それは…手違いで…」
「ふーん。何があったか知らないけど、俺、松本。松本健治」
「松本…松本…あ!松本くん!」
「思い出してくれた?」
「うん」



私と同類の人だなーって思ってた人。
私と同じように、教室の隅っこで窓の外とか眺めてたタイプ。
体育祭も、文化祭も、あまり自分から率先して動こうとはしなくて、頼まれたらやるっていう、そういうタイプの人だった。
私と似てるなーって。
私が勝手に思ってたことなんだけど。
だから、私が一番気になってた存在。



「わ、私の事は、覚えてないよね?さすがに、私の事なんか…」



そうやってまた自己嫌悪に陥っていた時、



「私なんか、か。俺にとっては少なくとも特別な存在だったけど」



へ。



「と、特別?」
「うん」
「な、何かしましたっけ」
「……」



松本くんは、しばらく黙った後、こう言った。



「有原さん、だよね。覚えてるよ。ずっと。好きだったからね」



すき、すき、すき、好き…。



最初、何を言われたのか分からなかった。
周りの音が遠のいて、一瞬にしてまた戻ってきた。



「好き…」
「そう。あんま驚いてない感じだね」
「いや…。だって、それほど私たち接点なかったし。それに…」



好き“だった”ってだけでしょ?



そう言おうとした時、



「ちなみに、今も好きだよ」