美樹は唇に人さし指を近づけて頬にくっつける。
そうするとクモは美樹の人さし指の方へ移動するのだ。
美樹はバッグに入れておいた五十音が書いてある紙を取り出して、地面に置いた。
クモの乗った人さし指をその紙にポンと乗せると、クモはその紙に移動した。
クモはその紙の上を歩き回って、ある文字の上で止まった。
『ひ』
そして美樹が頷くと、また他の文字の上に止まった。
『さ』
これを繰り返して、クモを言葉を綴っていった。
毎年そうだった。
美樹がここに来る度にこうして会話をしている。
クモは、『ひ、さ、し、ぶ、り』の文字で止まって、言葉を綴った。
美樹が頷くと、クモは少しだけ優しく目を細めた。
クモの正体は、姿形が違っても、まとっている雰囲気でわかった。
クモに雰囲気なんてあるのかと聞かれるかもしれないが、美樹には彼かどうか判断がつくのだ。
「ねぇ、大好きだよ。」
美樹がそう言うと、クモは心の中で「俺は愛してる」と呟いてから、『お、れ、も』と答えた。
美樹が笑うと、クモの心は暖かくなった。
『か、れ、し、で、き、た?』と、クモは綴る。
クモはもし彼氏がいても仕方ないと思っていた。
だって自分はもうこの世にいないんだから、と。
「ううん、いないよ。…多分、一生できないと思う。あんたのせいだよ、馬鹿。」
美樹がそう言って笑うと、クモは心の底から安心していた自分に気づき、「俺はダメだな」と思った。