「どこにも行くなよ、イトコ」

慣れた手つきで頭の後ろを撫でる幹さんの(したた)かな声音に、心臓が大きく波打った。まるで読まれたように先回りされた気がした。

「極道は捨てられねぇが手放すつもりもない。俺にとって最初で最後の女だ、お前が」

寄せていた胸元からぎこちなく幹さんを仰ぐ。仄かな笑みを掠めたあとで。深い色の眼差しが私を見つめた。

「大事にしてやる。・・・いいから黙って俺に惚れてろ」

耳に届いた瞬間。泣きたくなった、嬉しかった、愛おしかった。・・・切なくて胸が痛いまま、奈落の底へと墜ちていく自分を感じていた。

私を初めて抱いてくれた夜。あなたは自分を女に溺れたただの男だと言った。今の言葉も。きっと小暮幹という一人の男としてだった。でもそんな理屈は通らないと山脇さんだったら一蹴するんだろう。絵空事なのは分かってる、私だって。

分かってる。
わかってる。
わかってる・・・!!

親不孝のひと言で片付けられるものじゃないことも。育ててくれた両親をどんなに苦しませてしまうか知れないことも。

この恋は行き止まりになるはずだった。行けるところまで行って諦めるつもりだった。・・・ブレーキをかければ簡単に止まるものだと思ってた、うっかり道順を間違えたくらい簡単に引き返せるものだって思っていた。

この線を踏み越えたら。先輩はもう私を返してくれないだろう。
何ひとつ捨てたくなくても失うんだろう。今まで幸せと呼べたもの達を、・・・引き換えに。