「俺は負けず嫌いだからな。兄貴に負けたくなくって、実家の庭で死ぬほど練習した」

 空き缶を的に見立て、おもちゃの銃を使って、それこそ何回も何回も当てる練習をしたらしい。

「今では兄貴も俺には敵わないって認めてくれてるよ」

 なるほど。なんでも器用にこなしてるのかと思いきや、ちゃんと陰で勝つための努力をしていたんだ。なんとも拓海らしい。

「なんにでも全力投球なんだね、拓海は」

「ああ、うかうかしてると、夏美だってそのうち囲碁の勝負で俺に負けるよ?」

「それだけはないから大丈夫!」

「言ったな!その言葉、覚えてろよ」

「ちょ、ちょっと。拓海!?」

 なにを思ったのか、拓海は私の手を引くと、突然早足で歩き出した。


「待って拓海、どこに行くの?」

「いいから黙って着いて来てよ」

 拓海に連れられ、夏祭りの会場を抜けていく。会場の真ん中の広場のような場所に出ると、大きく張られた日よけの下に、座布団が二枚ずつ置かれた木製の縁台が幾つも置かれているのが見えた。

「ここってなに?」

「もうすぐここで納涼囲碁大会があるんだ。実はふたりともエントリーしてある」

「えっ?」

 夏祭りで囲碁の大会? まさか拓海ったら、最初からこれが目的で……?

 問うようにジトっとした目で拓海を見つめると、彼はそんな私のことを面白そうに見下ろした。

「納涼囲碁大会と言っても、勝ち抜きで優勝者を決めるとかそういったことはないよ。経験に関係なく誰でも参加できる、気軽に囲碁を打ってみようっていう会らしいだ。言ってみれば、こないだの園田さん主催のイベントと似たようなもんだな」