ようやく出た声は震えた。なんとか笑ったが、ぎこちなくなかっただろうかと余計な心配をする。
「いつ日本に帰ってきたの?」
「二週間前。久しぶりすぎて、まだ自分が日本人だって思い出せてない」
「なにそれ」
一慶がおどけて言うと、佐和子は吹き出した。
ところが、美紅にいたってはそんなジョークも耳を素通り。突然現れた彼を前にして、胸を高鳴らせてぼうっと突っ立った。
一慶はヨーロッパを拠点に活躍するファッションデザイナーである。大人の女性を対象にしたガーリーかつセクシーなテイストで、コンサバなデザインを多く展開している。
佐和子のセレクトショップでも彼のデザインした洋服を取り扱っており、入荷すると同時に売れてしまうくらいに人気が高い。
最近はブライダル衣装にも参入し、シルエットの美しいウエディングドレスが評判だ。
「でね、一慶もここからそう遠くないマンションで暮らしはじめるの。だから、そこで一緒に住むのはどうかなって思ったんだ」
佐和子によれば、帰国間もない一慶はホテル住まいをしながらマンションの準備を整えている段階だという。