「神社に組長自ら出向いたのも、彼らを見逃してやったのも、組長のやさしさでしょう?」


「……はぁ」




人なつっこく笑う兵吾郎に、父さんがとうとう押し負けた。

照れたように額を押さえ、黒髪をかき上げる。



あれが、あたしの父さん、だったっけ……?



あんなに人間らしかった?

やさしさなんてたいそうなもの、持ち合わせていたっけ?


いくら目をこすっても、消えなくて、モヤモヤする。




「……っ、し、信じない!」


「お嬢……」


「信じられないよ。今さら、そんな、都合のいいこと……っ」


「信じなくてもいい。おまえの好きにしろ」




あ、いつもの父さんに戻った。

人間味のない極悪非道な、クソ親父。


だけど、“いつもどおり”も、できっこない。




「……信じない、けど、」


「けど?」


「ちょっとは……その……ご、ごめん、って思ってる。父さんがこんなわかりづらくて、不器用で、ひねくれたヤンデレだとは知らなかったし」


「おいっ」




めんどうな親を持って大変だ。


父さんも。

実にめんどうな娘を持って大変ね。同情するよ。




「あたしも謝るから、父さんもちゃんと謝って」




きっと、外気を遠ざけた鳥カゴは、安心安全だった。

傷つくことも、苦しむこともない。


けれど、酸素はうすく、自由もない。



翼の折れた鳥だったら、そこは、たしかに天国だった。




「ごめん。あたし、父さんが思ってるほど弱くないよ」


「……ひとみ、」


「あたしは、白雪ひとみとして、この生をまっとうする。父さんも信じなくたっていいから、あたしを逃がして?」




とっくに覚悟はできてる。



歯のすき間からこぼれる血反吐を、強く拭い取った。

涙だか汗だかわからない水滴は、とうに乾ききった。


怨霊もよく見りゃ、まあ、かわいいもんよ。



今でもあちこち痛くてしかたないけど、これがあたしだ。