「…ほんとに呪い殺さない…?」

「殺さないって」

「ほんとに?」

「うん。てか、リエを呪い殺すほどの恨みねーし」

「…少しはあると?」

「いや、ねえっつってんじゃん!!急にネガティブかよ!」

私はようやく高鳴る心臓を落ち着かせて、フライパンを床に置いた。

そして、恐る恐るユウキに近づき、そっと触れてみる。

「なまあたたかい…ような」

「はは、触れねーだろ。俺の体」

「ほんとのほんとに幽霊なんだ」

「え、さっきまでなんだと思ってたの?」

「幻覚」

「ええ…(困惑)」

でも、これでようやく私の頭がおかしくなったんじゃないってことが分かった。

ユウキはなんだか不満そうだったけど。

「なんでちょっと不機嫌なのよ」

「だってさぁ、普通もっと喜んだり、驚いたりするもんじゃん。幽霊が出るって普通じゃないけど」

「散々さっきまで驚いてたでしょ!」

「俺に呪い殺されるとか言ってなあ」

「…」

一言余計なのが、昔からのユウキの悪い癖だと思う。

「俺、死んだじゃん?去年の春。大型トラックに轢かれて」

「うん…、あ、待って。私のベッド座んないで。負の気が移る」

「なあ、やっぱり俺のこと汚いものかなんかだと思ってない!?」

「オモッテナイヨ!」

にっこりと微笑んで、抑揚のない声で言ってやった。

ユウキは呆れたようにため息をつくと、諦めて床に腰かける。

「…俺、その時、一気に魂が抜けた…っていうか、自分の体から自分が抜けたようになったんだよね。それが今の俺」

「うん。要するに幽霊になっちゃったってことでしょ?」

「そうそう。で、ぼんやりする頭で思ったんだ。あー、俺、死んだんだなって」

「…死ぬって、自分で分かるものなんだ」

「俺の場合は、だよ。幽霊になった理由も分かんないけど、ただなんとなく、リエに会わなくちゃって思った。今頃きっと、泣いてるかもしれないって思うと、いても立ってもいられなくなって…」

「……」

「それで、長い間さ迷って、今日、気づいたらリエの家の前に来てた。ああ、ようやく会えるんだ、リエのこと、また好きって言ってやれるんだって。そしたら…俺がどんな酷い扱いを受けたか…」

しんみりとした空気に浸っていると、鋭い発言が私の心に突き刺さる。

ぎくり、と肩が震えて、私はちらりとユウキの様子を伺った。

あ、目合った、やべ。

「フライパン振り回されるでしょ」

ぎく。

「叫ばれるでしょ」

ぎくっ。

「暴言吐かれるでしょ」

ぎくっ!

「挙句の果てには、枕投げてきた」

…言い返す言葉もございません。

「俺、もっとリエが喜んでくれると思ったのになあ」

「いや、あの、嬉しいんだけど…実は…」

「実は、なに?」

ぎろり、と睨まれてしまった。

これは早めに言い訳しといたほうがいいかもしれない。

「…実は私、幽霊とかお化けとか、そういうの苦手なの」

「いや、それは付き合ってる頃から知ってたけど」

「だから正直、今も心臓口から出そうなの」

「え!?俺、ユウキなのに!?」

「それでもよ!もう、彼氏でもユウキでもなんでも、幽霊ってだけでダメなの!!」

「ええ〜…マジかあ」

ユウキは途方に暮れたように、頭を押さえた。