「やだ、やだやだやだっ!」

「ちょ…ちょっと、リエ、落ち着いて」

「やだって言ってんじゃん!来んな!こらぁっ!」

毛布に頭を突っ込み、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、手元にあった枕を声のする方向へぶん投げる。

「おわあっ!あっぶね!」

「いやあああああまだ死にたくないいいい」

「いや、死なねえし」

「私まだ17歳なんだよ!?ピチピチなんだよ!それなのに幽霊に祟られて死ぬとかぜーーーーったいイヤだから!!」

「おい、いい加減落ち着けよ…」

口をつぐみ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、彼はほっとしたような顔をした。

「俺は祟ったりなんかしないって。そーいうの、よくわかんねえし」

「……」

「だから、な?そのフライパン、下ろせよ」

半透明の元彼氏、ユウキは、困ったように眉を下げた。




時は遡って、10分前。

いつものように、朝起きて、朝食の支度をしようとキッチンへ向かった。

鼻歌なんか歌いながら、呑気にリズムを刻んで、目玉焼きの準備をする。

「楽しそうだなぁ」

「当たり前よ。自分が楽しくなきゃ、やってられないもん」

「うん、俺、そういうポジティブシンキング、いいと思う!」

「でしょ?……………………………って、え」

耳元で突然聞こえた男の声に、ふと、違和感を覚える。

いや、今普通に会話しちゃってたけどさ。

私、一人暮らしだよね?

同居人とかいないよね?

じゃあ、今の声って…。

フライパンを握ったまま恐る恐る振り向くと、そこにはにこにこと笑顔の男性。

しかも、半透明。

なんかちょっと浮いてる。

「よっ、リエ」

「…」

ふーーー…と大きくため息を吐いて、もう一度前を向く。

「あ、あれ?リエさん?」

「落ち着くのよ、リエ。死んだ彼氏が生き返って幽霊になる?あははっ、そんなわけないじゃない!今のは、私の幻覚よ。きっと、もう1回見たらいなくなってるはず。そう、きっとそうよ」

フライパンに優しく語りかけるように、独り言を言っている間、後ろからはずっと、「おーい」、と私を呼ぶ声が聞こえてた。

もちろん、無視した。

「…」

もう一度ゆっくりと振り向くと、やはりそこには見慣れた男の顔面。

「やぁ」

男は少し困ったような笑顔で、もう一度私に片手を上げて見せた。

私は、無言のまま、両目を閉じる…。




これが、私がフライパンを振り回しながら、叫んでキッチンを飛び出す、3秒前のことだった。