1年以上付き合っていた成川くんとしたのは、キスまでだった。
フレンチな優しいキス。
何度かその先を求められたこともあったけれど、どうしても彼とそういうことをしているのが想像できなくて、やんわりと断っていた。
今になって考えれば、成川くんも健全な男の子だし、きっと物足りなさを感じていたことだろう。
けれど、彼は私のそのことで文句を言ってきたことは一度もなかった。
ちゃんと愛されていた。それは、別れた今だからこそ気づけることでもある。
「…先輩ってけっこうピュアなんですね」
「…、」
「まあ、俺も人のこと言えないけど。お互い様ですね」
告白の時に聞いた話。
吉乃くんに彼女がいたことがないなんて、にわかには信じがたい事実だ。
モテるし、私なんか比べ物にならないくらい経験していそうなのに。
あの日のキスだって、優しくて、甘かった。
あれが吉乃くんのファーストキス、だったとしたら。
「…、」
「先輩?」
「な、なんでもない…」
吉乃くんの温度を知っているのが、この世でまだ私だけだという事実をこんなにも嬉しいと思う。
こんなふうに思ってしまう私は気持ち悪いだろうか。
吉乃くんといると、今まで知らなかった自分がどんどん顔を出す。
「おなか、へったね。早く食べに行こう」
「え?ああ、そうですね」
そっと手を握り返すと、吉乃くんは一瞬肩を揺らし、そしてまた小さく笑った。