八月のある日、新入社員も仕事に慣れてきた頃、新しいプロジェクトが始まった。
今回の作品は家族でも楽しめるスマホゲームだった。
ゲームというよりは、教養的であったり絵本であったりの要素も含めたものである。
親子共に楽しみながら成長できるもの、というテーマを持っているらしく、大人向けと子供向けのクイズパート。
そしてそこで集めたアイテムを使ってのゲームモードという流れらしい。
私に関係があるのはそのゲームモードでのシナリオ。
最初は何もない親子が周りを助け、周りから助けられて成長していくのを描くストーリー部分だ。
とは言っても、どうせ私は阿部の補佐だろう。
周りからの評価も実績も違うのだ。
いつも通り彼の校閲や案出しのサポートといった所だろう。
そう思って部長の朝礼を聞き逃していたのがいけなかった。
「・・・どうゆ事?」
「えっ、何?」
新入社員は初めて携わるプロジェクトで意気揚々。
慣れた人間たちは残業の心配で少し辟易。
そんなフレーズの中で、私は阿部の隣に立って彼を見下ろしていた。
「ねぇ・・・どうして私がシナリオ担当なの」
そのある意味では当たり前とも言える疑問だからだろうか、阿部は苦笑いを浮かべながら困ったように腕を何度も組み替えていた。
「どうしてって・・・真中はシナリオライターだろう?」
「そんなこと聞いてるんじゃない」
私の手に握り締められて数分で、既にくしゃくしゃになってしまった企画書。
そこにははっきりと、“シナリオ 真中梨花”の文字が書かれていた。
ディレクターやデザインなどには順当ないつも通りの名前が書かれていた。
だが、この自分の名前が書かれていた項目を見つけた瞬間に、私は彼の席へと近付いていた。
「今回のは、新たな試みだから大事な企画だって言ってたでしょ」
「そうだな。責任重大だけど・・・真中なら大丈夫だろう。頑張って」
事もなげに笑顔を浮かべる阿部の顔に、くしゃくしゃの企画書を投げつけてやりたかったが、それをやる勇気は無い。
けれど、実力も実績も比べ物にならない私が担当という事実だけは譲れなかった。
もっとも、なぜ阿部じゃなくて私なのかという残念な理由ではあるのだが。
どうせこの男が先に声を掛けられたに決まっている。
私へ花を持たせる為か、それとも単純に面倒臭かったのか。
彼に限って、自信がないだとかそんな理由じゃないことくらいは馬鹿な私でも分かっていた。
「俺は今回真中のサポートだから、何でも頼ってくれな?」
座ったままで軽く私の背中を叩いた彼は、話はそれで終わりだといわんばかりにデスクに向き直って自身の仕事に戻る。
彼はそれで終わりかもしれないが私は納得などいっていない。
けれど、部長の所に行って「彼の方が確実です」という情けない行動をとる事もできない。
だから、これは私の八つ当たりなのだろう。
そんなことは分かっているけれど、彼に苛ついてしまうのも仕方のない事だと思う。
「・・・分かった」
本当は何も分かっていなかったし、何が分かっているのかも分かっていなかった。
それでもこれ以上ここで生産性のない言い争いをしていたところで納期は待ってはくれない。
それだったら諦めて作業した方が後々苦しくならないだろう。
溜息を一つだけ残して、私は自分のデスクに戻った。
何か言いたげな彼の視線は背中に感じていたけれど、言葉にしなかったのだから必要な事ではなかったのだろう。
こうして私は、入社して初めて一つの作品のシナリオライターとして活動することが決まってしまった。
今回の作品は家族でも楽しめるスマホゲームだった。
ゲームというよりは、教養的であったり絵本であったりの要素も含めたものである。
親子共に楽しみながら成長できるもの、というテーマを持っているらしく、大人向けと子供向けのクイズパート。
そしてそこで集めたアイテムを使ってのゲームモードという流れらしい。
私に関係があるのはそのゲームモードでのシナリオ。
最初は何もない親子が周りを助け、周りから助けられて成長していくのを描くストーリー部分だ。
とは言っても、どうせ私は阿部の補佐だろう。
周りからの評価も実績も違うのだ。
いつも通り彼の校閲や案出しのサポートといった所だろう。
そう思って部長の朝礼を聞き逃していたのがいけなかった。
「・・・どうゆ事?」
「えっ、何?」
新入社員は初めて携わるプロジェクトで意気揚々。
慣れた人間たちは残業の心配で少し辟易。
そんなフレーズの中で、私は阿部の隣に立って彼を見下ろしていた。
「ねぇ・・・どうして私がシナリオ担当なの」
そのある意味では当たり前とも言える疑問だからだろうか、阿部は苦笑いを浮かべながら困ったように腕を何度も組み替えていた。
「どうしてって・・・真中はシナリオライターだろう?」
「そんなこと聞いてるんじゃない」
私の手に握り締められて数分で、既にくしゃくしゃになってしまった企画書。
そこにははっきりと、“シナリオ 真中梨花”の文字が書かれていた。
ディレクターやデザインなどには順当ないつも通りの名前が書かれていた。
だが、この自分の名前が書かれていた項目を見つけた瞬間に、私は彼の席へと近付いていた。
「今回のは、新たな試みだから大事な企画だって言ってたでしょ」
「そうだな。責任重大だけど・・・真中なら大丈夫だろう。頑張って」
事もなげに笑顔を浮かべる阿部の顔に、くしゃくしゃの企画書を投げつけてやりたかったが、それをやる勇気は無い。
けれど、実力も実績も比べ物にならない私が担当という事実だけは譲れなかった。
もっとも、なぜ阿部じゃなくて私なのかという残念な理由ではあるのだが。
どうせこの男が先に声を掛けられたに決まっている。
私へ花を持たせる為か、それとも単純に面倒臭かったのか。
彼に限って、自信がないだとかそんな理由じゃないことくらいは馬鹿な私でも分かっていた。
「俺は今回真中のサポートだから、何でも頼ってくれな?」
座ったままで軽く私の背中を叩いた彼は、話はそれで終わりだといわんばかりにデスクに向き直って自身の仕事に戻る。
彼はそれで終わりかもしれないが私は納得などいっていない。
けれど、部長の所に行って「彼の方が確実です」という情けない行動をとる事もできない。
だから、これは私の八つ当たりなのだろう。
そんなことは分かっているけれど、彼に苛ついてしまうのも仕方のない事だと思う。
「・・・分かった」
本当は何も分かっていなかったし、何が分かっているのかも分かっていなかった。
それでもこれ以上ここで生産性のない言い争いをしていたところで納期は待ってはくれない。
それだったら諦めて作業した方が後々苦しくならないだろう。
溜息を一つだけ残して、私は自分のデスクに戻った。
何か言いたげな彼の視線は背中に感じていたけれど、言葉にしなかったのだから必要な事ではなかったのだろう。
こうして私は、入社して初めて一つの作品のシナリオライターとして活動することが決まってしまった。