「違う。思っている以上に似合っていて、びっくりしたんだ。
そうだな、髪はアップにした方がより一層良い。ちょっとこっちに来て」
「え、でも………」
無理やり腕を引っ張ってリビングのソファーに座らせる。
傷みのひとつもない髪を櫛でとくと、するりとすり抜けて行った。
一応メイクやヘアセットも学校の授業で組み込まれていた。プロとまではいかないが、それなりに上手には出来る。
「菫はせっかくおでこのラインが綺麗なんだから、もっと出した方がいいよ」
「そうなの?」
「そうなの。それに目が印象的だから、きちんと見せた方が人の印象にもぐっと残る。
勿体ないよ。お前は綺麗なんだから、服だけではなくもっと自分に似合うメイクや髪型もするべきだ」
俺の言葉に、くすっと小さく笑う。
「懐かしいな」
「何が?」
「小さい時もこうやって髪の毛結んでくれたね。潤は昔から手先も器用だったわ。だからすぐピアノも上手になったのね」
「そうだっけか?そんな昔の事すっかり忘れていたよ」
全く忘れちゃいない。
相当風変わりな子供だったに違いない。
学校ではクラスの人気者で、皆に合わせてサッカーとかして遊んだりもしたけれど、菫と一緒にいる時は全く別の遊びをしていた筈だ。
外で遊ぶのは未だに好きだけど、家にこもって自分の世界にこもって何かを造り出すのはもっと好きだった。そんな姿を見せていたのも、きっと菫だけだ。
髪型ついでにメイクも少しだけしてやった。
そうしたらとても見違えた女になる。
菫自身も自分で鏡台の前に立ち、まるで自分ではないみたい…と感心していた。
こんな晴れた日。しかも日曜日。会社にこもって仕事をするのはもったいない気がしてきた。
目の前には大層美しく変身を遂げた女性。
俺は菫の手を取り「行こう」と言った。すると彼女は目を丸くし「どこに?」と投げかけた。
「どこでもいいよ。菫の行きたい所。好きな所に行って、好きな事をしよう」
そう告げると、握っていた手を強く握り返し、また花のような笑顔を見せるんだ。