「良かったぁ~……。壊れてないわ!
って…ここって変な造りだけどマンションよね?楽器は無理かぁ」
変なマンションは失礼だ。けれど安心して良い。ここは防音だ。変な造りである事がたまにはプラスになる事もある。
「大丈夫。ここは防音だから楽器類は好きに吹いていい」
その言葉にさっきまで落ち込んでいた顔をしていた菫の顔がパアッと輝く。
それは昔から何も変わらない。花のような笑顔なのだ。
「というか俺が言っているのはそういう事じゃなくって…何故キャリーケースに必要のない物ばかりいれているのかって事で…」
本来ならばもっと持ってくるべき物があるだろう。大体小学生の頃のワンピースなんて、今は着ないだろう?
しかしその俺の言葉に菫はきょとんとした顔をする。
「家出とは言っても必要な物はいまいち分からなかったの。寧ろ必要に迫られたら買えばいいじゃない」
だからお前は生粋のお嬢様だと言うのだ。どこか浮世離れしている所はある。
まぁ金にも困っていないという所だろう。貯金なんかもせっせとしている女だ。そんな菫の性質など、幼い頃から一緒にいる俺に見抜けない訳がない。
「だから大切な物だけを持ってきたのよ」
菫は真剣だった。
真剣に、俺が作った洋服を大切だと言い切るのだ。それが俺にとってどれだけ嬉しい言葉かも知らずに。
洋服を造る事を生業として生きていたい人間にとって、自分が作った服をずっと大切にしてくれる事がどれ程の誉れであるとも、きっと君は知らない。
そんな小さな頃に作った縫い目もガタガタのサイズの合わないワンピースまで、美しい状態で取っておいてくれているなんて。
心にジーンとした温かい物が灯っていく。