「そう…お父さんが…。
でも私帰るつもりはないわ」
大きな瞳を真っ直ぐ向けて、菫はきっぱりと言い切った。それはまた意外だ。おじちゃんの様子を知らせれば、真っ先に帰るなんて言い出しそうだったから。
どうやら家出するとまで決めて、何も言わず家を飛び出したのはノリや勢いだけではなく本気のようだ。
2リットルのペットボトルに再び口をつけ、ごくごくと音を立てて飲み干す。
…いや、コップ位用意するからそれで飲めって。本来はそんな水の飲み方しねぇだろ。別に俺は構わないが…。
プハァッと息を吐く姿はいやに豪快だった。そんな菫の態度に何か吹っ切れた物を感じた。
俺はお前がとても気が強い女だと言う事を知っている。自分で決めた事は真っ直ぐに進み続ける奴だという事も。
「だって私はここであんたと’恋人ごっこ’をするんでしょう?
相手が潤って言うのは不服だけど、あんたが私の夢を叶えてくれると言ったのよ。
だから私はここに来たの。勿論ずっとここにいるつもりなんてないわ。きっと私はいつか帰ってお父さんの言う通りに生きるしかない人間だわ。
けれど……束の間でも良い…。お父さんに縛られない生き方をしたい……」
「それは…了解……。菫のしたい事全部叶えよう。
つーかさ、それは良いけどお前あの荷物はなんだよ…」
投げ出されたキャリーケースを指さすと、菫は慌てて飛び上がった。
そして中を漁り始めて、フルートの入っているケースを取り出す。