菫は自分の事が分かってなさすぎる。
気が付いたら俺なんかより先にずっとずっと遠い世界に行ってしまいそうだ。
それを想像したらおじちゃんじゃないけど、泣ける。こんな俺にだって菫を独占したいという気持ちはある。
「私、この間お父さんに話したの。潤が好きだから潤と一緒にいたいって…
その時はお父さん何も言ってなかったけれど…やっぱり潤の言う通り想いを口にしたらきちんと伝わるのね。
私今までお父さんに自分の気持ちを伝えるのに逃げてきた。
もっと前からちゃんと伝えていたら伝わってた気持ちだっていっぱいあったのかもしれないわ…。
願いは誰かに叶えてもらう物じゃなくて、自分の手で叶えるものなのね」
そう、きっと魔法は君の手の中にある。
日常の至る所に零れ落ちている物。
願いはきっと人の心から生まれ、魔法は人の手の中で紡がれていく。
そうやって夢は叶えられていくのだ。
「ねぇ菫1曲弾かない?」
「もう夜よ?」
「まだ20時だ。それに下の階の宴会の方がずっとうるさい」
「確かにそうね」
くすりと菫の口元から笑みが広がる。
そして彼女はフルートを手に取って、こちらへ視線を向ける。
俺もゆっくりとピアノを開き、指で音を奏でる。
言葉にしなくたって、こんな日に決まって弾きたくなる曲は決まっている。
ピアノに合わせて高らかにフルートの音色が空に舞っていく。
ホールニューワールド。
新しい世界へ。一歩踏み出したのは君だ。そして願いを叶えたのも君自身である。
君は俺を信じてくれた。
その美しい音色は、庭で聴いたあの日のメロディーと一緒だった。