理解していたのに、頭では分かっていたのに。

自分が今何をするべきで、父に理解をしてもらえるように、自分の中にある大切な気持ちを不器用でも伝えなくちゃいけないって、分かっていたのに。

それからも数日間、同じ空間に居ても父と話をする事はなかった。昔のように笑い合いながら食卓を囲む事はなくなった。

笑い声が消えたその場所は、まるで光りが消えた寂しい空間だった。

頭では分かっていたのにどうしても切り出せずにいた。

「菫さんのお店のお陰ですよ。今夏のレジャー部門では圧倒的にボヌールの売り上げが良いって、父も喜んでましたよ。
それでですね、都内にあるホテルの方にも出店しようって話をしているのですが、父の方から篠崎社長にも話が言っているようで」

「へぇ~そ~なの…」

「日本でも本格的なイタリアンが食べられるって外国人のお客さんにも印象が良いと思うんですよね。
ほら今日本に旅行に来るのがブームになっているでしょう。
勿論篠崎社長の造る日本料亭も外国人相手にはウケがいいんですけどね、敬遠しがちでもあるんですよ。
それに比べて菫さんのお店は海外ウケしますから」

「はぁ~…そ~ですね~…」

「って、菫さん…聞いてます?」

目の前の大輝さんの不思議そうな顔が目に入って、思わず焦った。

現在西城グループとの打ち合わせ中だが、全く仕事の事が頭に入ってこなかった。仕事中だというのにボーっとしてしまって、私は一体何をやっているのだろう。

今日だって会社で三井さんに見積もりの件の話を振られてすっかりと忘れていた。私情を挟んで仕事を疎かにするなんて、社会人失格だ。