「かーちゃん!ただいまー!」

実家に着くころには22時になろうとしていた。

ソファーで横になっていたのか、パジャマ姿の母は大きな欠伸をしながら玄関まで出てきて「何で来てんのよ」と悪態をつく。

ナーバスにはなっていたけれど、肝っ玉かーちゃん。今日は何やら元気そうだ。と、いうか俺が楽観的なのはこの人の血をひいているせいだと思う。

最近食欲がないと自称しているが、顔色は良さそうで、リビングに入ったかと思えば直ぐにエプロンをしてキッチンに立つ。

「腹は減ってんのかい?」

「もーペコペコ。
今日は撮影の時にパン一個食っただけで何も食べてないんだからッ!
何かあんの?!」

「あるっつっても大した物はねぇよ。残りもんしかないけど
ちょっと!あんた!寝るんだったらベッドに入りなさいな!」

キッチンから母の怒声が飛ぶ。…あんたもさっきまでソファーで寝ていた癖に。

「おお」と寝ぼけ眼な父がソファーからゆっくりと起き上がり、テーブルの上に置いてあった眼鏡を手探りで探す。

それをかけて俺の姿を確認すると、眼を丸くした。

「おお、潤。帰ってたのか、珍しいな」

母とは違い、スローペースな人。人よりも少しだけ時間がゆっくりと動くタイプらしい。

とても温厚で、優しい人だった。祖父も祖母もバイタリティーのあるタイプだったので、父が誰に似たかは分からないが、やけに能天気でふわふわした人なのである。

それとは対称的にきびきびと動く母は、残り物だという夕食をテーブルの前に出して「いっぱい食べな!」と言った。

本当にどっちが病人か時々分からなくなる。