花のように笑う顔と、温かい両手。
真っ直ぐに見つめられたら、なんて答えていいか分からなくなる。
「そんな昔の話……」
「あら菫はあの約束を忘れているとは思えないけどね?
それに私の願いはただひとつなの。菫は菫らしく生きて、菫の好きな人と結婚して幸せになって欲しい。
篠崎リゾートの事なんて考えなくって良いのよ」
「それは…菫にも伝えておきます…。」
「うん。菫の事お願いね。
それに綾ちゃんにもよろしく伝えておいてね。綾ちゃんが早く帰ってきてくれないと話し相手がいなくってつまんないわ」
「はい…母にも伝えておきます…」
菫があんな昔の約束を覚えている訳ない。
けれど俺は1日たりともあの約束を忘れた事は無い。
いつも心のどこかで燻ぶっていた想い。そして何年経っても俺の心の片隅にはいつも菫がいた。
病院まで送り届ける車内の中、母はいつもに増して饒舌だった。運転する父はぼんやりとしながらハンドルを握った。
通常営業のようにも見えるが、母がいつも以上に喋る時は不安がっている証拠だ。
「今度おばあちゃんが帰ってくるそうよ?」
「ばーちゃんが?!何で?!暫くは日本に戻ってこないって話だったじゃないか」
俺の母親である佐久間文江は現在海外に住んでいる。そして日々色々な国を飛び回っている。
まぁ幼い頃から日本でジッとしているようなタイプでは無かったが…。
「何かこの人が連絡したみたいなのよッ。私が入院するって。
そうしたら仕事を少し片づけたら一時帰国するって!そんなん言われたら自分が大袈裟な病気なんじゃないかって疑っちまうじゃないか…
はぁ~…」
「いやそれはないって。医者も言ってただろ。あらかた良性の腫瘍だって…。
しかも検査入院して切除するかどうかも分からないほど小さな腫瘍だって」