自宅に着くと隣の庭からフルートの音色が聴こえてきた。菫とそっくりの音色。この音色の下でいつも遊んでいたんだ。

けれど菫のお母さんがフルートを吹くのは久しぶりだ。それを聴くのだって何年ぶりだろう。

そーっと隣に庭に忍び寄ると、菫の母がフルートを片手に目を閉じている。

その横顔は驚く程菫に似ていた。おばちゃんは本当に幸せだっただろうか。頑なな旦那に文句のひとつも言わずに、いつも微笑みを称えているような人だった。

声を掛ける前にこちらに気づいたおばちゃんは、俺を見つけると優し気に微笑んだ。

「潤くん、こんにちは」

「おばちゃん、フルート吹いてるの久しぶりに見た気がする」

ふふっと花のように微笑むと、ベランダにフルートを置いてこちらへ駆け寄ってきた。

かーちゃんとは違って穏やかな人で、どこか頼りない。

「お母さん今日から入院みたいね」

「そうなんす~。検査入院だし大した病気でもないっつってんのにすっかり落ち込んじゃって。かーちゃんらしくないよ」

「私達も歳を取ったんですもの。不安になる気持ちはよく分かるわ。
でも綾ちゃんは幸せ者ね。こんなに優しい息子さんがいて」

かーちゃんとおばちゃんは互いを’鈴ちゃん’’綾ちゃん’と呼び合い非常に仲が良い。小さい時は不思議でたまらなかった。どうしてこんなに性格が違うのに仲良しでいられるのかって。

よく喋る母の話をおばちゃんはいつもニコニコと笑って楽しそうに聞いていた。

それが印象的だった。けれど考えて見れば俺と菫だって性格は全然違うもんな。それでも小さい頃は互いの姿が見えなくなると不安になるくらい一緒にいた。