ピアノで前奏の音を鳴らすと、菫がこちらへ目配せをしてくる。そのどこまでも澄み切った瞳。
Aメロに入ると、フルートに息を吹き込んでその自由な音が響き渡る。と同時に体を音に合わせて動かす。

フルートのどこまでも高く響く音を前にして、俺のピアノの音は引き立て役に過ぎなかった。けれど昔から菫の奏でる音を支える柔らかいピアノの音は好きだ。

楽器を演奏する時の彼女の動きや音はどこまでも自由だ。鍵盤に指を踊らせながらも、視線は彼女の姿一点を見つめ続けていた。


吹き終わると満足気に息を宙へと漏らす。

「次何弾く?喜べ。ここは防音だから時間も気にせずに楽器を弾ける。
ホールニューワールドか?それとも星に願いを?」

首を横に振って、こちらへ寄って来たかと思えばピアノに指を何回か落とす。

「潤は特別ピアノが特別上手ではないけれど…」

「お、お前失礼な事言うな。
俺だって菫のようにずっと習い続けていたら音大にでも行っていたかもしれない」

その言葉にふふっと小さく微笑みを落とす。

「潤が言えばどんな願いでも叶えてしまうそうだから不思議よ。
潤はきっと…どんな事をしても成功した人だと思う。あなたのピアノは特別上手じゃないけれど、とても自由で豊かな音がする。
私とは大違いよ」

そんな事ないよ。そう言いかけた時、鍵盤に手を置く俺の指の上、菫の指が重なった。そして真剣な顔をしてこちらを見つめて来る。

そして意外な言葉を口にしたのだ。