「あの言葉、どういう意味。」

胸騒ぎがする。これ以上、蒼と話しているのはダメだ、はやく部屋に戻らなきゃ。
それなのに手先が震えて、キーケースを落としてしまった。
それを拾い上げる蒼の手からキーケースを取ろうとすると、その腕を掴まれる。

「あんな言い方されたら、自惚れたくなるんだけど。」
「…手、離して。」
「それとも、俺のただの自分勝手な想像っていうのか。」

ダメだ、蒼には知られちゃいけない。

苦笑じみた笑顔で、蒼にも、自分の心にも嘘をつく。

「…ごめん、あの日、珍しく酔ってたみたいで。蒼と言い合いしたことは覚えてるんだけど、何て言ったか忘れちゃった。」

一瞬、蒼の力が緩んだ隙に手を振り払う。けれど、もう一度掴もうとはしてこなかった。
その間に玄関の鍵を開け、荷物を手に取る。

「葵が酔うなんて、ありえないだろ。俺より酒に強いのに。」
「そういうこともあるんだって。本当に珍しかったから、蒼にも余計な事言ってないか気にしてたの。変な心配させたのかな、ごめんね。」

ゆっくりドアを開いて、今度こそ、蒼に別れを告げる。

「じゃ、荷物ありがとね。おやすみ。」

今回は蒼が私を呼び止めることもなかった。静かに閉まるドアにもたれ掛かって、蒼の足音が消えていくのを聞きながらほっとする。

「酔った、なんて。ありえない嘘ついちゃったな。」

気づかれていたかもしれない、気づかないふりをしてくれたのかもしれない。
どっちにしても、これで良かったんだ。

お酒を飲むようになってから今まで、一度も記憶をなくしたことがない。
それくらい私がアルコールに耐性があることを、蒼も知っている。

あの日の記憶だって、感触だって、いまだに忘れたことはない。


ねえ、蒼。あの日の本当の話を蒼に伝えたら、あなたはどう思うんだろう―――