冷酷陛下は十三番目の妃候補に愛されたい




『レウル=クロウィドは青い薔薇だ』


誰かが言い出した陛下の呼び名。

男女問わず見惚れるほどの端正な顔立ちに、香りたつような色気。ブロンドの髪と涼しげなターコイズブルーの瞳は三次元の人間とは思えないほどの麗しさで、青い薔薇と形容されるのもうなずけた。

しかし、その名の由来は性格にある。

微笑を浮かべた穏やかな口調とは裏腹に、冷酷非情で本心を明かさない彼は掴みどころがなく、決して自分のテリトリーに他人を踏み込ませない。

こびを売って無理に近寄ろうものなら、(とげ)のような冷たい言葉と態度で突き刺され、二度と会話すら交わせなくなるそうだ。

私は今日、そんな男の仮初めの妻となる。


「彼女が次の妃候補か?」


アルソート国の王宮で、玉座に腰掛けた男性が頬杖をついた。

品定めすらしない冷めた視線の先にいるのは、色素の薄い銀の髪を肩甲骨まで伸ばし、ラズベリー色の瞳をした私だ。ぱっちりとした二重は母親譲りである。


「名前はランシュア=リガオ。辺境の町出身ですが、名家のご令嬢でございます」


ううん。令嬢というよりも、召使いの方がふさわしいわ。

側に控えていた白髪の大臣が読み上げた書簡の内容に心の中で付け足す。



私、ランシュアは由緒ある家柄に生まれたものの、身内での立場は悪かった。

両親は駆け落ちのような形で田舎に逃げ、質素な暮らしをしていたのだが、十三歳のときに住んでいた長屋が火事で全焼。

不幸にも炎の壁によって逃げ道が断たれてしまい、子どもをかばい続けた両親は娘を残して他界した。


そして、ただひとり生き残った私は父方の実家である屋敷に引き取られてきたのだが、駆け落ちをよく思っていなかった一族からの風当たりは強く、その先の生活はまさに地獄だ。

リガオ家は父が屋敷を捨てた後にその名がずいぶんと落ちてしまい、当主候補が女連れで逃げたとの噂が追い討ちをかけ貴族社会から軽蔑されるほどだった。

そのせいか「あんな疫病神の血を引いた娘なんて二度と関わりたくない」「自分がリガオ家の人間だなんて思うな」などと暴言を浴びせられるのは日常茶飯事。

そして一族は、両親の罪滅ぼしをするのはお前の役目だと言わんばかりに、没落した家を立て直す政略結婚の道具として城へ送り込んだのである。


「君、歳は?」

「今年、二十になりました」

「俺と五つ離れているんだな」


そう言って目を細めた男性は、噂に名高いレウル=クロウィド。五年前に先代の王である父が病死したため即位した若き王だ。

二十五歳ながら語学が堪能で外交力に長けており、自ら戦地に赴いて統率をとる手腕も見事だと聞く。



アルソートは二十五年前まで私利私欲にまみれた王族の支配下にあり、独裁を敷いてきた当時の王をクロウィド陛下の父が討って革命が成った。

そして現在、国の方針の決定権は王にあるものの、民衆から選抜された地域ごとの長が議会をつくり、その過半数以上が可決しなければ法案や条例が通らなくなったのだ。


先代の王の後を継いだクロウィド陛下は特に民の意見を尊重する政策に力を入れており、国民からの人望が厚い上にこの見た目。

天は二物を与えずとは言うが、彼は例外である。

世の女性が騒ぐほど端正な顔立ちは、目が合っただけで恋に落ちるほどの魅力があり、仮面のような微笑がデフォルトらしい。


「俺に結婚する気はないって、いつも言っているのに」

「そうおっしゃらず。“今回は”お気に召すかもしれません」


陛下と大臣の会話は何度も繰り返されたやりとりなのだろう。なんせ、私は十三番目の妃候補なのだから。


「ランシュア……だったか?今から言うことをよく聞いて」


クロウィド陛下は肘をついたままさらりと告げた。


「君に与えるのは一週間。期日までに俺をその気にできなければ、城から出て行ってもらう。いいな?」


噂通りのセリフ。

彼は政略結婚を望む相手に一週間の見定め期間を提示し、お眼鏡にかなわなかった女性を全員追い出してきたのである。


『今日で夫婦ごっこは終わり。約束通り、手配した馬車で帰ってくれ』


そんな血も涙もない言葉を突きつけられた女性が十二人いる、という現実が重くのしかかった。

そもそも結婚に乗り気ではないこの人は、本気で相手を見定めるつもりも、特別な感情を持つ気もないようだ。

でも、愛なんてなくたっていい。

私はビジネスのためにここへ連れてこられたのだから。



「わかりました。では、しばらくお世話になります」


深々と頭を下げると、興味などないと言わんばかりにマントをひるがえして玉座を出て行かれてしまった。

眼中にない態度を示せば心が折れると思われているのだろうか。今までの妃候補は少し冷たくしただけであしらえたのかもしれない。しかし、残念ながら私はそういう扱いに慣れている。

一族への恩返しとしてこの身を差し出すのが使命。リガオ家が抱えている負債を消すためなら大切にされなくたって構わないし、幸せになるつもりもない。


「ランシュア様」


名を呼ばれて顔を上げると、白髪の大臣がうやうやしく胸に手を当てる。


「私は陛下のお父さまの代から大臣として仕えております、エルネスでございます。長旅でお疲れでしょう。お部屋にご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


穏やかで包容力がある雰囲気だ。長年培われたのであろう何事にも動じないオーラを感じる。

しかし、その目の奥にはハッキリと“今回はうまくいくだろうか”と言わんばかりの不安が見え隠れしていた。どうやら本心が顔に出やすいタイプらしい。

やるしかないわ。

なんとしてでも見定めの一週間で陛下に受け入れられてみせる……!


**


翌日の朝。

目を覚ますと豪華な天蓋が見えた。

ひとりで使うのがもったいないほどの広い部屋を与えられ、一晩経った今も落ち着かない。

着替えを済ませた頃、コンコンと部屋の扉が叩かれた。顔を出したのは若いメイドだ。


「おはようございます、ランシュア様。朝食の用意が整いましたのでお呼びに来ました」


名前はカリーヌ。城に滞在する間世話役を任された三つ歳下の少女である。


「わざわざありがとう。陛下はもう食堂に来ているの?」

「いえ。公務がお忙しいようで、すでに朝食はお済みです」


てっきり食事くらいは一緒にとれるのかと思っていたが、そう簡単にはいかないらしい。

陛下は常に忙しそうに臣下と話しているため、玉座で話した後から一度も顔を合わせていない。少しでも親睦を深めたいところなのに。


ふと窓の外を眺めると、視線の先にいるのは例の青い薔薇だ。

いつもニコニコしている文武両道の色男。誰とでも分け隔てなく接し、臣下からの忠誠も厚い。しばらく遠巻きに観察した結果がそれだった。

冷酷非情だと聞いていたが、意外と身内には優しいのか?


「クロウィド陛下はどういう人なの?」

「とても優しくて、見ての通りオーラと気品に溢れたお方です。業務連絡以外でも声かけや気づかいを忘れませんし、使用人を大切にしてくださいます」




話を聞くに、人前ではにこやかな仮面を外さないらしい。立ち振る舞いも紳士的で隙がなく、完璧すぎるほど優秀な王。「いつも完全無欠で疲れそう」なんてポロリと口にすると、くすくすと笑い声が聞こえた。


「そんなことをおっしゃった方は初めてです。でも、確かに使用人の前では気を抜けた姿を見せませんね」


知れば知るほどすごい人だ。

決して他人に弱さを見せない彼は、周囲の顔色をうかがって“いい子”を演じてきた自分と似ている気がする……なんて、重ねるのも失礼か。

城の敷地は自由に出入りしていいとの許しをもらっていたため、朝食後に庭へ出ると、訓練中の騎士団が見えた。

どうやら、刃の付いていない模擬の剣を持って手合わせをしているらしい。

田舎では目にしなかった光景を興味本位に眺める中、ずば抜けた剣の才の持ち主に目が留まった。屈強な若き男達にまざってしなやかに剣を振るのは、他でもない陛下だ。

あの人、自ら稽古に参加しているの?

鍛錬というよりも若い騎士に指導をしてあげているように見えるけど……これが普通なんだろうか?


「うわっ!」


その時、耳に届く大きな声。

はっと構えると、近くで手合わせをしていた騎士が相手に弾かれ、手からすっぽ抜けた剣が一直線にこちらへ飛んでくる。


思わず呼吸が止まった瞬間、目の前に大きな影が躍り出た。空中から降ってくる模擬刀を難なく自身の剣で受け止めて弾く。


「おい、しっかり握れ!気ぃ抜くな!」


低く怒号を飛ばした男性に、騎士達はぺこぺこと頭を下げている。突然現れた救世主の背中を見上げていると、ガタイの良いシルエットが素早く振り向いた。


「危なかったな、お嬢さん。間に合ってよかった」


ライオンのたてがみのような茶髪にオレンジの瞳。軍服の腕章は上位の階級を示しており、歳は三十代前半くらいに見える。

あわててお礼を言おうとすると、すっと顔を覗き込まれた。


「お?あんた、もしかして噂の妃候補か?」

「はい。ランシュアと申します」

「やっぱりそうか!辺境の町からえらい美人が来たって聞いていたもんだから、すぐにわかったよ」


それがお世辞なのか本気なのかイマイチ読めない男性は、じーっとこちらを見つめて腕を組む。


「んー、確かに美形同士で並んだらお似合いかもな。まぁ、どんな美人が嫁ぎに来てもなびかなかった陛下の好みはよくわかんねえが……」

「えっと、あなたは?」

「そうだ。自己紹介がまだだった。俺は騎士団長のアスラン。敬語でかしこまる必要はないから気軽に話してくれよ」


男らしく凛々しい彼は、騎士達を束ねる立場であると納得がいく。好奇心旺盛でフレンドリーな性格らしく、新たな妃候補に興味津々な様子だ。

慣れないものの、距離感をはかりながら尋ねる。


「助けてくれてありがとう。その、クロウィド陛下はいつも訓練にまじっているの?」

「あぁ。ウチの(あるじ)は自ら戦場に赴くから、公務の間をぬって顔を出してるんだ。自分の身も守れないようじゃ話にならない、とか言ってな」


完璧超人に加えてストイックなんて、人間であるのかどうかも疑ってしまう。

その時、アスランが大きく手を振った。


「陛下ー!未来の奥さんが来ましたよー!」


遠くで剣を振っていた影がピタリと動きを止めた。その顔は若干眉を寄せている。

騎士達に声をかけて訓練を抜けた陛下は、まっすぐこちらへ歩み寄った。アスランを上目使いで睨んでおり、今までのにこやかな笑みとはまるで違う。


「人がわざと避けているというのに、わざわざ呼び寄せるか?」

「ははっ!それはすみません。でも、剣が飛んだときに駆け出そうとしたくらいには、お嬢さんを気にかけているんじゃないですか?」