オルテーンの大きな湖のほとりに腰かけたジャック。
アリーダは座らない。

「俺の兄さん、つまりリチャードは15歳の時にアイリーン王女と婚約した。もともと7歳という歳の差がある。歳の差については、俺の方がアイリーン王女とは一歳しか離れていなかったから、俺の方が良いと言われていた。でも、兄さんがコーラルスカイの王位を継ぐ。アイリーン王女は一人っ子。アイリーン王女の婚約者はもちろん兄さんに決まった。」

「…。あなた、アイリーンと面識は?」

「ほとんどない。小さい頃に一度、会ったことがあるらしい。そうだ、アリーダ、君はアイリーンの瞳と同じ色だ。」

「瞳が青い人なんてどこにでもいるわ」

「…まあそれはさておき。兄さんは年下でおまけに7歳も離れているアイリーン王女には興味を示さなかった。兄さんは幼かった。アイリーン王女と結婚する前に誰かと付き合えば、婚約は解消し、その人と結婚できると思ったんだろう。町で一番の美女を捕まえて、父さんにその人と婚約すると言った。」

「ふん、結局みんな全部顔よね」

「どうして。俺はそんなことないぞ。」

「私は今までにそういう人を何千、何万と見てきた。顔のいいリチャードやあなたと結婚したいという願いをかなえてほしいっていう女の子たちもたくさん見てきた」

「俺も?でも…今俺は結婚してないぞ?願いを叶えなかったのか?」

「ええ。私が要求した代償をこなせなければ願いは叶えない。願いだけ叶えて、代償を支払わ無いものも多い。そういう人に制裁を加えるのは面倒。私だって痛めつけたいというわけではないのよ」

「本当か?…本当は人の心とか操れないんだろ…?」ジャックはにやつく

「私に出来ないことはないわ。基本的に。やろうと思えば今すぐにあなたを呪いにかけることもできる、心を操ることなんて容易よ」

「じゃあなんで…」

「代償を支払えなかったから、あとは人の人生に干渉したくなかったからよ」

「俺の事を考えて……ってことか…」

「別に」

アリーダはそっぽを向く。

「それで?続きは。」

「ああ、忘れてた。当然父さんは怒った。顔だけで女を連れてきた事とか。特に一番怒ったのは、婚約者がいながら、その人を傷付けるような真似をしたことに父さんは怒った。父さんは向こうとの婚約は解消だって怒鳴った。もちろん兄さんは喜んだ。父さん、わかってくれたんだね、とな。でもそんなわけないのはわかるだろ?」

「ええ。国王が激怒したのも納得ね」

「兄さんは王位継承者から外され、追い出された。その女も兄さんの元を去った。兄さんはオルテーンに来た。全部アイリーンのせいだ、とな。それを町の不良分子達に言った。アイリーンが国の行事とかで町に出てきたとき、その不良の奴等がアイリーンをバカにした。浮気されるようなマヌケだ、とな。アイリーンは恥をかいてしまった。その次の日にアイリーンが失踪してしまった。」

「……気の毒。」

「リチャードは国外追放、その不良達は気付いたときにはいなくなっていたとか。アイリーン王女の誕生日に、毎回花火があがるんだ、この国は。アイリーン王女に帰ってきてほしいっていう意味を込めて。」

「じゃあ今日っていう事?」


そのとき、パァーンと花火が上がった。

「そうだよ!始まった。見に行く?」

アリーダは花火に釘付けだ。
「アリーダ?」

その時ジャックは見た。アリーダの瞳が、初めて輝いたのを。

「アリーダ、この湖は花火を見れるいい場所なんだ。そろそろ、この辺も明かりがつく。綺麗になるんだよ」

ジャックはそばにあったボートに乗り込んだ。

「アリーダ、来なよ!」

アリーダはハッとした

「でも…」

ジャックはこっちに歩いてくると、手を引っ張った。

「っ…!」

「さあ、乗って」

ジャックはオールをこぐ。

「花火、はじめてみたの?」

「ええ。こんなに美しいもの、はじめてみたわ」

「そりゃあな、海にいたら見えないしな。」

周りは明かりがつき、幻想的で美しい。

ジャックはアリーダの手を取った。

「君が楽しめるもの、見つけたじゃないか」

「え?」

「この花火さ。君は心から楽しんでる。だろ?」

「そうね……。言われてみれば…。」

「俺は、輝いてる瞳の君の方が好きだよ。」

「ジャック…。」

「はじめて俺の名前を呼んでくれたね。アリーダ」

真っ赤になるアリーダはそっぽを向く。

「僕を見て。」

2人は見つめ合う。

自然に顔が近くなる。

ジャックとアリーダの唇がふれ合った。

「っ……!」

「真っ赤だよ、アリーダ」

「そ。それはそうでしょ!」




ジャックは岸に向かって漕ぎ出す。

「さあ、次はどこに行こうか…。」

「ジャック王子!ジャック王子!」

アリーダはさっと木陰に隠れる。
あのマーケット、あの壁画。あの紋章、あの花火!
全て見覚えが……。
違う、見たことはある。私は……。私が……アイリーンだ!
ジャックが言ってた、私の瞳の色。
壁画のアイリーンを大きくし、ドレスを変えたら、私になる。
私は…失踪した。
全て…思い出した!



「どうした」

コーラルスカイの家臣だ。

「アイリーン王女が見つかりました!」

(えっ!違う、アイリーンは私だ。間違いない。ということは、そのアイリーンは偽物。おそらく、先代の魔女、ザリアだ。ザリアは王国の支配を目論んでいた。でも私には…。どうしようもない。今、私がアイリーンだと言って誰が信じる?私はもうここにはこれない。2度と陸には上がれなくなる。それでも、私が我慢すればすぐにすむ話だ)

すぐにフードを被り、ジャックの元に行く。

「私はあなたの願いを叶えられなかった。この願いの瓶はあなたのもの。」

「アリーダ、待てよ!アイリーンが本物だと分かった訳じゃない!」

「はやく行きなさい!あなたの……婚約者でしょ……。」

「アリーダ。待って!まだ決まったわけじゃ……」

「行きますよ、王子」

ジャックは家臣の方を見てから、アリーダを振り返った。


アリーダは消えていた。そこには、一粒の涙がキラッと光っていた。