「ありがとう!でも、急にどうして?」
「あの人は人質としての役目を終えたらあんたを殺すつもりだ。そんなことはさせない!」
アテナはロネの手を取る。久しぶりにつないだその手の温もりに、ロネはこんな時にでも幸せを感じた。アテナの腕には真新しい傷がある。
「アテナ、その傷は……」
「あの人との訓練で負ったものだ気にするな」
アテナはそう微笑み、ロネに杖を渡す。魔法使いには必要不可欠な魔法の杖だ。ロネは「ありがとう」と笑顔で言った後、アテナに魔法をかける。
「テネレッツァ!」
ロネの杖から細かな金色の粉がアテナの腕に降りかかる。それを首を傾げながらアテナは見つめていた。
「傷が消えている……」
アテナが目を見開く。アテナの腕にあった傷は全て綺麗になくなっていた。
「傷を治す魔法だからね」
ロネがそう言うと、「嬉しい。ありがとう」とアテナは笑う。そして二人はまた手をつないで歩き出した。
「この城の門は閉ざされてしまっている。門に行けばあの人に見つかってしまう」
牢屋を出た後、二人は地下から出るために螺旋階段を進んでいた。ロネは「どこから脱出するつもりなの?」と訊ねる。
「城の屋根の上から脱出するしかない。ロープを使って脱出するしか……」
不安げなアテナに、ロネは「それなら心配ないよ!」と力強く笑った。
「俺は魔法使い!魔法を使って脱出しよう。瞬間移動をできる魔法も使えるようになったから」
「そうだな、その手があった」
螺旋階段を登り切ると、ロネは驚いてしまう。人が誰も立ち入らない城とは思えないほど城は綺麗だった。シャンデリアが吊るされ、調度品まで置かれている。まるで王族がまだ住んでいるようだ。
「あの人はずっとここで暮らしていた。だからこんなにも綺麗なんだ」
アテナがそう言い、ロネは「なるほど」と頷く。
とは言え、広い城をユミル一人で管理するのは不可能だ。城にはユミルに雇われた魔族たちがいる。アテナたちは物陰に隠れながら城の最上階を目指した。
「誰も俺が脱獄したことに気付いてないみたいだね」
「逃げ出せないと思っているのさ。私はユミルに完全に従っていると思い込ませているし、ロネは杖を奪われていたからな」
見つかってしまわないかドキドキしたものの、ロネとアテナは無事に最上階へ到着した。最上階はどこの階よりも一段と豪華だ。
「ここであの人は過ごしている。だからこんなにも豪華なんだ」
「まるで本物の女王様がいるみたいだね」
最上階には、美しいステンドグラスでできた巨大な窓がある。そこから二人は最上階の屋根に立った。
「久しぶりの外の風だ〜!!」
胸いっぱいに風を吸い込み、ロネは笑う。アテナも同じように深呼吸をした。
「不思議だ。お前といると心がこんな時にも落ち着いてくる。どんなに辛いことでも、お前のことを考えると耐えることができたんだ」
「アテナ……」
ロネはそっとアテナの頬に触れる。そして、そのまま唇を重ねようとした。しかし、冷たい声が響く。
「やっぱりあたしを騙してたんだね、アテナ」
冷たい声にロネとアテナはびくりと肩を震わせる。振り向けば、冷たい目をしたユミルがいた。豪華なドレスに身を包み、二人を睨み付けている。
「いつから気付いていたの?」
アテナが震える声で訊ねる。その目には恐怖があった。ロネはとっさにアテナの手を握る。アテナの手も震えていた。
「最初からかな。お前は嘘をつくのが下手だからな。武器としてそういう面では未完成だ」
未完成、その言葉にロネの中にまた怒りが生まれる。ロネはアテナの前に立った。
「アテナは未完成じゃない!!武器でもない!!勝手にアテナの人生を決めるな!!」
「お前は黙っていろ」
ユミルは鬱陶しそうに言う。その目に多くの者が怯んでしまうだろう。それでも、ロネは怒りを抑えることなどできなかった。
「ロネ……」
ギュッと手を握り返され、ロネは隣を見る。アテナがニコリと笑った。もうその体は震えていない。
「もう大丈夫。あとは私が話をする」
アテナはそう言い、ユミルを見つめる。ユミルは「早くこっちへ来い、アテナ」と微笑んだ。アテナはそれを冷たい目で見つめ、口を開く。
「……私の名前は、アテナ・イェーガーではない」
アテナの口から出た言葉に、ロネもユミルも驚く。アテナは強い意志を赤い瞳に宿し、もう一度口を開いた。
「お前は私の母ではない!!私の母は私に愛を教えてくれたジャスミン・テイラー。そして、私の名前はゾーイ・テイラーだ!!」
アテナはきっと、初めてユミルに反抗したのだろう。緊張したような、それでもホッとしたような顔をしている。ロネは「ゾーイ」と言い、彼女の頰に触れた。
そのままロネはゾーイにキスをした。ゾーイと名乗ってくれたことに、ロネは嬉しさを感じる。彼女には、アテナという名前よりゾーイの方が似合っているからだ。
ユミルがまだ放心している間に、ロネは瞬間移動の魔法を使う。一瞬にして二人は隣街へ移動していた。
「私のことを、ゾーイとこれから呼んでくれるか?私自身を見てくれるか?」
不安げにゾーイはロネを見つめる。ロネはもう一度キスをし、「当たり前だよ!ゾーイが君の本当の名前なんだから!」と笑った。
隣街はゾーイのことは噂になっておらず、街は賑やかで平和だ。
「ゾーイ、行こう。お腹空いちゃった」
「ああ。何か一緒に食べよう」
ロネの差し出した手を、ゾーイは幸せそうに取る。そして二人は自由になったと呟きながら街を歩き始めた。
初めましての方、初めまして!お久しぶりの方、こんにちは!浅葱美空です。
アテナシリーズも大きく動きました。今度で最終回となります。お話が次々に浮かんでくるので一番シリーズものの中で書きやすいです笑。
アテナはゾーイと名乗ることを決め、ユミルから逃げ出しました。しかし、まだ争いが終わったわけではありません。全て書き終えて終わりにします!
本当は昨日書き上げたかったのですが、睡魔に勝てず……笑。五時起きなので仕方ないか……。早番の日には書きたくても書けない日がありそうです!
読んでいただき、ありがとうございました。また次の作品でお会いしましょう。