自分でも驚くほどあからさまに、夕くんと話せなくなった。
これじゃあまるで、屋上でのあのことを私が嫌がっているみたいだな、と気付いた時にはもう遅い。
元々彼はあんまり私に話しかけてくるタイプじゃないし、最近は伊藤さんとのおしゃべりに忙しそうだ。
伊藤さん。伊藤まみさん。
私は今まで大人しめな伊藤さんが理系クラスでも派手目なグループに所属していることを不思議に思っていた。
でもあの時の感じだと、彼女はもしかすると大人しめな子ではないのかもしれない。
ずっともやもやしている。
胸に大きい何かが閊えている感覚が、来る日も来る日も続いた。
一人でテスト勉強をするのが久々に思えた。
この前は自習をほとんど夕くんの隣でやっていたからだろう。
事情を知るなっちゃんと太一に気を遣わせてしまっていることにも自責の念が湧く。
テスト前のナーバスな時期も相まって、私は今過去最大のネガティブ思考に支配されていた。
あんなことで悪い結果を出したくないと思い一念発起したものの、結果はかなり微妙だった。
やっぱり理数が落ちてしまっている。
「古典勝った!」「それ以外全部私の方が出来良いし!」とくだらない言い合いをしている二人の横で、私は深くため息をついた。
「彩」
突然声をかけられ驚いた私はその場で後ろに飛びバランスを崩す。
肩を支えられ転倒は免れたが、また助けられてしまった。
「ごめん」
「ビビりすぎ」
声の主の夕くんは呆れていた。
夕くんから声をかけてくるなんて想定外だ。今のことは不可抗力と言っても差し支えないだろう。
「どうしたの?」
「俺、お前がいないとダメかも」
悪い言い方をする彼にときめきつつ、差し出されたテスト結果は見事に文系科目のみが撃沈していた。
「実は私も」
お互いの結果を見せ合って笑った。こうやって話すのは本当に久しぶりだ。
「な~にが『俺、お前がいないとダメかも』だ。かっこつけてんじゃねえよ」
そーだそーだと猛抗議を始める二人を宥める。
「さしずめ彩と勉強できないからひがんでるんだろ。小さい男だな」
「お前‥‥‥覚えてろよ‥‥‥」
二人とも仲の悪いはずなのに、どこかやり取りが安定してきている。
夕くんもこんなにずけずけ言うところも珍しい。
「おい、東雲! 罰としてお前は今日彩と一緒に帰れ。ドーナツでも奢ってから帰れ。分かったか?」
「え、太一?」
「なんの罰だ。彩が食べたいならいいけど」
どうする?と聞かれても。何を考えてるの太一。
遠くから女子の視線が刺さっているのに‥‥‥。
「ドーナツは好きだけど」
「じゃあ、決まりな。忘れるなよ」
ポン、と頭に手をのせて、彼は教科書片手に移動教室に向かった。
かあっと熱くなる頬。
見れば二人も顔が真っ赤だ‥‥‥ってなんで。
「彩、なんか親友のそういうところ見るのこっちが恥ずかしいよ!? これって親目線みたいなもん!?」
「きっかけ作ったのは俺だけど腑に落ちねえ‥‥‥あいつやっぱ無理だわ」
「え、ええ」
夕くんの思いがけない行動に戸惑いながら、冷静を装って次の授業の数学の教科書を取り出した。
チャイムが鳴る。教室に入ってきたのは生物の先生だった。