考えてみると あの日は 奇跡の予感があった。
本来 智之の 担当ではない仕事。
風邪で休んだ 後輩の穴埋めに 智之に 声を掛けた先輩。
特別 親しかったわけでもなく 一緒に 仕事をしたこともない先輩。
何故 智之に声を掛けたのか 後で聞いた時
「廣澤は 面倒が なさそうだったから。」
と言われた。
智之は いつも 淡々としていたから。
でも たったそれだけの理由が 智之に 奇跡を起こした。
損害保険会社に 向かう途中 昼食を食べて
智之の分も 支払いをしようとする先輩に
「俺 小銭がたくさんあるので。」
と財布の中の 小銭を全部出す。
それは 智之が食べた 親子丼の金額と ぴったり同じだった。
「ああ。すげえ。何か縁起がいいな。」
と笑う先輩に 智之も苦笑してしまう。
小さな奇跡の予兆だった。