昼休み。その日も例に漏れず医務室はにぎわっていた。正確には、ごった返していた。
「はい、あなたはこの洗面器持って待ってて! あなたは、椅子に座ってなさい! 順番よ、並んで! 付き添いに来た子、誰かベルギウス先生を呼んできて!」
医務室の中を走り回りながら、フィオーネはやってきた子たちに指示を飛ばしていく。
新学期のそわそわした感じが落ち着き、本格的な授業が始まると、怪我をする生徒は爆発的に増えた。おかげで、昼休みは連日満員御礼状態だ。……とはいっても、こうしてやってくる子たちの大半が授業中の負傷ではなく、休み時間にふざけて使った魔術によって怪我をしているからこの有様なのだけれど。
「フィオーネ先生、金魚が、止まらないよっ」
「しゃべらない! 今はとにかく出るがままに吐いてなさい! 喉に詰まるほうが怖いんだから!」
友達に使おうとした魔術が失敗して口から金魚をとめどなく吐き続ける生徒に、フィオーネはとりあえずそう言う。
「見て見て、こんなに曲がるよ」
「やめなさい! 戻らなくなったらどうするの!」
体の関節がおかしな方向に曲がるようになった生徒にも、そう叱るしかない。
このふたりは、ベルギウス待ちだ。魔術でどうにかなったものは、フィオーネの手には負えない。
「はい、痛いよー。我慢してね」
「ギャー」
木から落ちて足を捻挫した生徒には、容赦なく膏薬を塗りこんでいく。
「それは、どうしたの?」
「目からビームを出す連中にやられました」
「あいつらか……」
前髪をチリチリに焼け焦がした生徒に事情を聞くと、問題児たちの仕業とわかる。これも、ベルギウスに報告する案件だ。
「で、あなたはどうしたの?」
「魔術で加速して走ったら、そのまま勢いよくころんじゃって」
「折れてないといいけど」
片足を引きずってきた生徒は、まず触診から始める。フィオーネは簡単な手当てと薬の調合ならできるけれど、よほどひどいものは病院へ行ってもらわなければならない。
「折れてはない。たぶん、ひびも入ってないと思う。……これだけで済んでよかったね」
励ましにならない励ましをしてから、布に薬と薄荷油を混ぜたものを塗り、患部に貼りつけ、包帯を巻く。おじいちゃんたちを主に相手にしていたせいか、フィオーネは湿布を作るのが妙にうまい。複雑な手当てでも、あっという間に終わってしまった。
「あ、痛くない。それに、ちょっと楽になった」
「よかったね」
ひとまず、目立った怪我をした生徒たちの手当てを終え、ひと息つこうとしたそのとき。
「フィオーネ先生! 洗面器が足りない!」
「中庭の池で異変が起きてて、ベルギウス先生、手が離せないってー!」
困りきった生徒たちの声が響く。
「え、ちょっと待って……バスタブに吐かせる? それと、べルギウス先生がだめなら他の先生? えーどうしよう……」
疲れてきたのもあって、フィオーネは瞬時に判断ができなくなっていた。単純に、キャパシティを超えたというのもある。
前任のヘンデルさんは、こんな騒動をいつもさばいていたのだろうかと、フィオーネはふと気が遠くなった。今日はひどすぎる。これまでが序の口で、この忙しさが標準だったらどうしようなどと考えると、思わずふらりとしてしまった。
「――と、大丈夫?」
「……ノイバート君」
倒れそうになったフィオーネの体を、唐突に現れたダリウスが抱きとめた。それからダリウスは、あわてている生徒たちに向き直った。
「えっと、誰か金魚吐いてる子を中庭に連れて行ってあげて。べルギウス先生に事情を説明すれば、たぶんどうにかしてくれるから。あと、体が変に曲がる子、こっちに来て。はい、治った」
ダリウスは生徒たちに指示を飛ばしたり、杖を振ったりした。
それを見て、周りでキョトンとしていた生徒たちは最上級生のダリウスの言葉に従って動き出した。
狂騒のさなかにあった医務室に、少しずつ秩序が取り戻され始めた。
「あ、ありがとう……どういうこと?」
「魔術は、無から有を生み出すものじゃない。つまりは、あの子の口から出てる金魚にも出処が必ずあるってこと。で、中庭でべルギウス先生があわててるって言うんだから、確実に池の金魚でしょ」
「そういうことか」
事態を飲み込めていなかったフィオーネも、ダリウスの丁寧な説明を聞くと理解できた。
「あの、切り傷を見てもらいたいんですけど」
「俺は、この打ち身を」
それまで深刻な子たちに遠慮してすみで待っていた生徒たちが、フィオーネの前に遠慮がちに進み出る。余裕を取り戻したフィオーネは、ようやくその子たちの存在に気づくことができた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「こんな軽い怪我で来るのが悪いんだ」
それぞれの傷口に処置をしてやっていると、横からダリウスが不満そうに言った。
「もー、そんなこと言わない。こういう傷の子たちが来るのが普通で、さっきみたいな口から金魚とか、ああいうのが来て混雑してるほうが医務室としてはあるまじきことなんだから」
フィオーネがかばうようなことを言えば、ダリウスはその形のいい目を細め、後輩たちを見る。
「君たちさ、こんなちょっとした怪我、ヘンデル先生がいた頃だったらわざわざ医務室に来なかっただろ?」
ダリウスがそんなことを言ってちょっと怖い顔をしてみせると、後輩たちは露骨に目を泳がせた。そして、そそくさと立ち上がって医務室をあとにする。残っていた生徒たちも後ろ暗いことがあったのか、便乗してそっと出ていってしまった。
「フィオ、甘い顔しちゃだめだよ。フィオ目当てで来てる奴らがいるのは確実なんだから」
ふたりきりになって、改めてダリウスはフィオーネに言う。いまいちピンとこないフィオーネは、首を傾げた。
「そうなの?」
「そうなの!」
その保護者のような口調に、フィオーネはそういうものかと納得した。けれど、他に気になることがある。
「そっか……そういうノイバート君は、何でここにいるの? しかも、窓から入ってきたよね?」
「えっと……朝、べルギウス先生と、昼休みが忙しいって話してたから、心配になっちゃって。それに、カイザァがフィオのこと心配して助けを求めに来たんだ!」
フィオーネにジッと見られて、ダリウスは少し困った顔をした。心配になって来たというのはそうなのだろうけれど、カイザァが助けを求めに来たというのは疑わしい。現にカイザァは我関せずと言わんばかりに、窓際で気持ち良さそうに眠っているのだから。
それでも、フィオーネはダリウスの登場に感謝していた。とっさの判断も、べルギウスに頼まなければならないと思っていた生徒の手当ても、やってくれたのだから。
「ノイバート君、ありがとう。……来てくれてよかった」
「え……うん、どういたしまして」
まだツンとしたところがありながらも、フィオーネの声には少し親しみがあった。それが嬉しくて、ダリウスの頬は赤くなる。
美貌の青年が前髪を一角獣の角のようにして頬を赤らめているというのは、何ともおかしい。だから、フィオーネはつい笑ってしまった。
ちょうどそのとき、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
「あ、これから授業だった」
「じゃあ、またね」
ダリウスは名残惜しそうにしつつも、フィオーネに手を振って追い払われ、去るしかなかった。
放課後の始まりはわかりにくい。
下の学年の生徒たちは上の学年の生徒たちより早く講義が終わるため、その分放課後が始まるのも早い。そして、上の学年の生徒たちは夕方までみっちりと講義が詰まっていることもあるのだ。
「これでまた、ひと息つける……」
切り傷やすり傷を作ってやってきた下の学年の生徒たちの手当を終え、フィオーネは小さく伸びをする。時計を見れば、もうそろそろ一番最後の講義時間が終わる頃だった。
(ノイバート君が来るなら、お茶くらい用意したほうがいいかな)
そんなことを考えていたとき、パタンとドアが閉まる音がした。
「あ……」
ドアのほうを見れば、いつかのあの双子のような女子生徒たちが立っていた。
「そのドアね、開けたままでいいの。そっちのほうが在室してるってわかりやすいから」
内心にわき出た面倒くさいという感情を抑えて、フィオーネは努めて冷静に言った。
けれど女子生徒たちはフィオーネが何を言っても腹が立つらしく、不機嫌な顔をより険しくした。
「どうしたの? どこか体調が悪い?」
何も言わずにらみつけてくるふたりに、フィオーネはわざと優しく問いかける。言外に「用がないなら来るな」と言われたことが伝わったのか、女子生徒たちはあからさまに不機嫌を悪化させた。
「男子たちに騒がれてるからって、いい気にならないでよ」
よく見れば、ふたりの生徒には見分け方があった。前髪をまっすぐに切りそろえたこのほうが、まずはそんなことを言う。
「騒がしいけど、別に騒がれてないよ。口から金魚吐く子に悩まされて、あなたなら嬉しいの?」
「う……」
うんざりした様子でフィオーネが問えば、前髪パッツンは悔しそうに唇を噛みしめた。
「そんなこと言っても、ごまかされないんだから! あなた、べルギウス先生ともベタベタしてるでしょ! 毎朝先生を呼びつけて、何のつもりよ!」
今度は、前髪に分け目がある子がプリプリと怒っている。
「先生はうちの猫に会いに来てるのよ。てか、何で知ってるの? 早起きだね」
「そうやって、真剣に答えないのも腹が立つのよ!」
「真剣にねぇ」
疲れているフィオーネは、相手にするのも面倒で、腹を立てる気にもなれなかった。
それを彼女たちは、自分たちに利があるととらえたらしい。
「ダリウス先輩が構うからって調子に乗ってるけど、先輩がここへ来るのは別にあなた目当てじゃないんだから」
「そうよ。先輩は医務室が好きなだけ。しょっちゅう医務室で寝てるから、昼寝王子って呼ばれてるのよ」
パッツンと横分けは、そんなことを言って「ふふん」と勝ち誇る。別にダメージを食らわないどころか、ダリウスの不名誉な呼び名がおかしくて、フィオーネは笑いそうになった。
でも、笑ったことでまた彼女たちの神経を逆なでしてはいけないとグッとこらえた。
「あなたたちは、ノイバート君が好きなの? じゃあ、私にこんなふうに構ってないで、彼と仲良くなればいいのに」
「えっ」
「うぅ……」
フィオーネがそんな当たり前のことを言えば、パッツンと横分けは顔を真っ赤にした。そして言葉に詰まって、オロオロする。
それをフィオーネは、「何を今更」と冷めた目で見ていた。
「わ、私たちの好きは、そういう好きじゃないのよ!」
「そうよ! 遠くから見守って、危険があればお助けするの」
「恋じゃなくて、崇拝してるってこと?」
必死の弁解にフィオーネがそう解釈を述べれば、ふたりはコクコクとうなずいた。それで何とか、ごまかそうとしているようだ。
「あがめるものが必要なら、ここにもっと適材がいるんだけど!」
そのとき、そんなセリフが聞こえ、ドアがババーンと開け放たれた。
「はい、あなたはこの洗面器持って待ってて! あなたは、椅子に座ってなさい! 順番よ、並んで! 付き添いに来た子、誰かベルギウス先生を呼んできて!」
医務室の中を走り回りながら、フィオーネはやってきた子たちに指示を飛ばしていく。
新学期のそわそわした感じが落ち着き、本格的な授業が始まると、怪我をする生徒は爆発的に増えた。おかげで、昼休みは連日満員御礼状態だ。……とはいっても、こうしてやってくる子たちの大半が授業中の負傷ではなく、休み時間にふざけて使った魔術によって怪我をしているからこの有様なのだけれど。
「フィオーネ先生、金魚が、止まらないよっ」
「しゃべらない! 今はとにかく出るがままに吐いてなさい! 喉に詰まるほうが怖いんだから!」
友達に使おうとした魔術が失敗して口から金魚をとめどなく吐き続ける生徒に、フィオーネはとりあえずそう言う。
「見て見て、こんなに曲がるよ」
「やめなさい! 戻らなくなったらどうするの!」
体の関節がおかしな方向に曲がるようになった生徒にも、そう叱るしかない。
このふたりは、ベルギウス待ちだ。魔術でどうにかなったものは、フィオーネの手には負えない。
「はい、痛いよー。我慢してね」
「ギャー」
木から落ちて足を捻挫した生徒には、容赦なく膏薬を塗りこんでいく。
「それは、どうしたの?」
「目からビームを出す連中にやられました」
「あいつらか……」
前髪をチリチリに焼け焦がした生徒に事情を聞くと、問題児たちの仕業とわかる。これも、ベルギウスに報告する案件だ。
「で、あなたはどうしたの?」
「魔術で加速して走ったら、そのまま勢いよくころんじゃって」
「折れてないといいけど」
片足を引きずってきた生徒は、まず触診から始める。フィオーネは簡単な手当てと薬の調合ならできるけれど、よほどひどいものは病院へ行ってもらわなければならない。
「折れてはない。たぶん、ひびも入ってないと思う。……これだけで済んでよかったね」
励ましにならない励ましをしてから、布に薬と薄荷油を混ぜたものを塗り、患部に貼りつけ、包帯を巻く。おじいちゃんたちを主に相手にしていたせいか、フィオーネは湿布を作るのが妙にうまい。複雑な手当てでも、あっという間に終わってしまった。
「あ、痛くない。それに、ちょっと楽になった」
「よかったね」
ひとまず、目立った怪我をした生徒たちの手当てを終え、ひと息つこうとしたそのとき。
「フィオーネ先生! 洗面器が足りない!」
「中庭の池で異変が起きてて、ベルギウス先生、手が離せないってー!」
困りきった生徒たちの声が響く。
「え、ちょっと待って……バスタブに吐かせる? それと、べルギウス先生がだめなら他の先生? えーどうしよう……」
疲れてきたのもあって、フィオーネは瞬時に判断ができなくなっていた。単純に、キャパシティを超えたというのもある。
前任のヘンデルさんは、こんな騒動をいつもさばいていたのだろうかと、フィオーネはふと気が遠くなった。今日はひどすぎる。これまでが序の口で、この忙しさが標準だったらどうしようなどと考えると、思わずふらりとしてしまった。
「――と、大丈夫?」
「……ノイバート君」
倒れそうになったフィオーネの体を、唐突に現れたダリウスが抱きとめた。それからダリウスは、あわてている生徒たちに向き直った。
「えっと、誰か金魚吐いてる子を中庭に連れて行ってあげて。べルギウス先生に事情を説明すれば、たぶんどうにかしてくれるから。あと、体が変に曲がる子、こっちに来て。はい、治った」
ダリウスは生徒たちに指示を飛ばしたり、杖を振ったりした。
それを見て、周りでキョトンとしていた生徒たちは最上級生のダリウスの言葉に従って動き出した。
狂騒のさなかにあった医務室に、少しずつ秩序が取り戻され始めた。
「あ、ありがとう……どういうこと?」
「魔術は、無から有を生み出すものじゃない。つまりは、あの子の口から出てる金魚にも出処が必ずあるってこと。で、中庭でべルギウス先生があわててるって言うんだから、確実に池の金魚でしょ」
「そういうことか」
事態を飲み込めていなかったフィオーネも、ダリウスの丁寧な説明を聞くと理解できた。
「あの、切り傷を見てもらいたいんですけど」
「俺は、この打ち身を」
それまで深刻な子たちに遠慮してすみで待っていた生徒たちが、フィオーネの前に遠慮がちに進み出る。余裕を取り戻したフィオーネは、ようやくその子たちの存在に気づくことができた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「こんな軽い怪我で来るのが悪いんだ」
それぞれの傷口に処置をしてやっていると、横からダリウスが不満そうに言った。
「もー、そんなこと言わない。こういう傷の子たちが来るのが普通で、さっきみたいな口から金魚とか、ああいうのが来て混雑してるほうが医務室としてはあるまじきことなんだから」
フィオーネがかばうようなことを言えば、ダリウスはその形のいい目を細め、後輩たちを見る。
「君たちさ、こんなちょっとした怪我、ヘンデル先生がいた頃だったらわざわざ医務室に来なかっただろ?」
ダリウスがそんなことを言ってちょっと怖い顔をしてみせると、後輩たちは露骨に目を泳がせた。そして、そそくさと立ち上がって医務室をあとにする。残っていた生徒たちも後ろ暗いことがあったのか、便乗してそっと出ていってしまった。
「フィオ、甘い顔しちゃだめだよ。フィオ目当てで来てる奴らがいるのは確実なんだから」
ふたりきりになって、改めてダリウスはフィオーネに言う。いまいちピンとこないフィオーネは、首を傾げた。
「そうなの?」
「そうなの!」
その保護者のような口調に、フィオーネはそういうものかと納得した。けれど、他に気になることがある。
「そっか……そういうノイバート君は、何でここにいるの? しかも、窓から入ってきたよね?」
「えっと……朝、べルギウス先生と、昼休みが忙しいって話してたから、心配になっちゃって。それに、カイザァがフィオのこと心配して助けを求めに来たんだ!」
フィオーネにジッと見られて、ダリウスは少し困った顔をした。心配になって来たというのはそうなのだろうけれど、カイザァが助けを求めに来たというのは疑わしい。現にカイザァは我関せずと言わんばかりに、窓際で気持ち良さそうに眠っているのだから。
それでも、フィオーネはダリウスの登場に感謝していた。とっさの判断も、べルギウスに頼まなければならないと思っていた生徒の手当ても、やってくれたのだから。
「ノイバート君、ありがとう。……来てくれてよかった」
「え……うん、どういたしまして」
まだツンとしたところがありながらも、フィオーネの声には少し親しみがあった。それが嬉しくて、ダリウスの頬は赤くなる。
美貌の青年が前髪を一角獣の角のようにして頬を赤らめているというのは、何ともおかしい。だから、フィオーネはつい笑ってしまった。
ちょうどそのとき、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
「あ、これから授業だった」
「じゃあ、またね」
ダリウスは名残惜しそうにしつつも、フィオーネに手を振って追い払われ、去るしかなかった。
放課後の始まりはわかりにくい。
下の学年の生徒たちは上の学年の生徒たちより早く講義が終わるため、その分放課後が始まるのも早い。そして、上の学年の生徒たちは夕方までみっちりと講義が詰まっていることもあるのだ。
「これでまた、ひと息つける……」
切り傷やすり傷を作ってやってきた下の学年の生徒たちの手当を終え、フィオーネは小さく伸びをする。時計を見れば、もうそろそろ一番最後の講義時間が終わる頃だった。
(ノイバート君が来るなら、お茶くらい用意したほうがいいかな)
そんなことを考えていたとき、パタンとドアが閉まる音がした。
「あ……」
ドアのほうを見れば、いつかのあの双子のような女子生徒たちが立っていた。
「そのドアね、開けたままでいいの。そっちのほうが在室してるってわかりやすいから」
内心にわき出た面倒くさいという感情を抑えて、フィオーネは努めて冷静に言った。
けれど女子生徒たちはフィオーネが何を言っても腹が立つらしく、不機嫌な顔をより険しくした。
「どうしたの? どこか体調が悪い?」
何も言わずにらみつけてくるふたりに、フィオーネはわざと優しく問いかける。言外に「用がないなら来るな」と言われたことが伝わったのか、女子生徒たちはあからさまに不機嫌を悪化させた。
「男子たちに騒がれてるからって、いい気にならないでよ」
よく見れば、ふたりの生徒には見分け方があった。前髪をまっすぐに切りそろえたこのほうが、まずはそんなことを言う。
「騒がしいけど、別に騒がれてないよ。口から金魚吐く子に悩まされて、あなたなら嬉しいの?」
「う……」
うんざりした様子でフィオーネが問えば、前髪パッツンは悔しそうに唇を噛みしめた。
「そんなこと言っても、ごまかされないんだから! あなた、べルギウス先生ともベタベタしてるでしょ! 毎朝先生を呼びつけて、何のつもりよ!」
今度は、前髪に分け目がある子がプリプリと怒っている。
「先生はうちの猫に会いに来てるのよ。てか、何で知ってるの? 早起きだね」
「そうやって、真剣に答えないのも腹が立つのよ!」
「真剣にねぇ」
疲れているフィオーネは、相手にするのも面倒で、腹を立てる気にもなれなかった。
それを彼女たちは、自分たちに利があるととらえたらしい。
「ダリウス先輩が構うからって調子に乗ってるけど、先輩がここへ来るのは別にあなた目当てじゃないんだから」
「そうよ。先輩は医務室が好きなだけ。しょっちゅう医務室で寝てるから、昼寝王子って呼ばれてるのよ」
パッツンと横分けは、そんなことを言って「ふふん」と勝ち誇る。別にダメージを食らわないどころか、ダリウスの不名誉な呼び名がおかしくて、フィオーネは笑いそうになった。
でも、笑ったことでまた彼女たちの神経を逆なでしてはいけないとグッとこらえた。
「あなたたちは、ノイバート君が好きなの? じゃあ、私にこんなふうに構ってないで、彼と仲良くなればいいのに」
「えっ」
「うぅ……」
フィオーネがそんな当たり前のことを言えば、パッツンと横分けは顔を真っ赤にした。そして言葉に詰まって、オロオロする。
それをフィオーネは、「何を今更」と冷めた目で見ていた。
「わ、私たちの好きは、そういう好きじゃないのよ!」
「そうよ! 遠くから見守って、危険があればお助けするの」
「恋じゃなくて、崇拝してるってこと?」
必死の弁解にフィオーネがそう解釈を述べれば、ふたりはコクコクとうなずいた。それで何とか、ごまかそうとしているようだ。
「あがめるものが必要なら、ここにもっと適材がいるんだけど!」
そのとき、そんなセリフが聞こえ、ドアがババーンと開け放たれた。