ある朝、あたしは、家の外で、鞠付きをしていた。
そんなあたしに、1人の女の人が話しかけてきた。
「もしかして、おあさちゃんかい?」
あたしは、答えて良いのか分からず、黙っていた。
「(警戒心の強い子だね…。)
(でも、かなりの上玉…。)
(予想以上だよ…。)
(これは、高く売れる!!)」
「(誰だろ…。)
(なんで、あたしの名前を、知ってるんだろ…。)」
「あたいはね、おみつと言って、おとっつぁんの知り合いだよ。」
「とと様の…?」
「ああ、そうだよ。
おとっつぁんは、中かい?」
あたしは、頷いた。
おみつは、家の中に入って行った。
おみつが入ってから、すぐに、とと様に呼ばれた。
あたしは、家に戻った。
「おあさ。
お前に、頼みたいことがある。
このおみつさんと一緒に、お使いに行って欲しんだ。」
「お使い…?」
「そうだ。
なぁに、良い子にしていたら、すぐに、終わる、お使いだ。
行ってくれるよな?」
あたしは、元気に「はい!」と返事した。
「おあさは、良い子だ…。
本当に良い子だ…。」
とと様は、泣き出した。
母様も泣いていた。
あたしは、何故、泣いてるのか分からなかった。
あたしは、おみつと外に出た。
母様は、裸足で、あたしを追いかけてきた。
「おあさー!!
元気でねー!!
こんな親でごめんねー!!」
母様は、そう言って、泣き崩れた。
とと様は、母様に寄り添った。
あたしは、母様の様子に、違和感を感じたが、おみつに、手を引かれて行った。
家を出て、何日も、おみつと歩いた。
そして、辿り着いたのは、大きな門のある所だった。
あたしとおみつは、大きな門をくぐった。
おみつは、大きな門の近くにある、お店の人と、何か話していた。
あたしは、その側にある、桜を見ていた。
店の人との話しが終わると、今度は、また、手を引かれ、奥へと進んで行った。
どこの店も、開いてる雰囲気じゃないし、赤い格子があって、何の店か、分からなかった。
そんな、店を何件か通り過ぎ、奥の店の前で、立ち止まった。
「おせんさん、居るかい?」
おみつは、店の奥に向かって、叫んだ。
すると、お店の奥から、女の人が、出てきた。
「何だい、おみつじゃないか。
遅かったね。」
「すまないねー…。
遠かったもんでね…。」
「で、その子が、例の子かい?」
「そうだよ。
すごい、上玉だよ。」
あたしは、おみつとおせんが、話している間、店の中を見えるとこだけ見た。
だけど、何も置いてなくて、何屋さんか、分からなかった。
そんなあたしを見て、おせんは、驚いていた。
「これは…。
かなりの上玉だね…!」
「(上玉…?)」
あたしは、「上玉」の意味が、分からなかった。
おせんは、あたしを品定めするような、目で見ていた。
おみつは、おせんに言った。
「じゃあ、お金をもらおうか。」
「分かったよ。
いくらだい?」
「十四両。」
「十四?!
いつもの倍じゃないか!」
「これだけの上玉だからね。」
「仕方ないね…。」
おせんは、手持ち金庫を持ってきた。
その中から、おせんは、十四両を、おみつに渡した。
「毎度。」
おみつは、もらった金を、懐に入れた。
「いいかい?
お使いは、ここで頑張ることだよ。
後のことは、このおせんさんに聞きな。」
「おみつさん、どこか行くの?」
「あたいも忙しいんだよ。
でも、また会えるから。
頑張りな。」
「うん。
分かった。」
あたしは、涙目で、おみつを見た。
おみつは、後ろ髪を引かれる思いで、店を後にした。
おせんは、あたしを店にあげた。
「ここはねぇ、吉原と言って、男の人からお金をもらって、一緒に遊ぶとこだよ。
男と遊ぶ女を、女郎もしくは遊女と言う。
ここに居るのは、ほとんどが、女郎だ。
女郎が居る店を見るの見に、世界の世で、見世(みせ)と呼ぶ。
この吉原にあるのは、ほとんどが、見世だよ。
見世にはね、女郎以外の女も居る。
その一つが、お前くらいの子がなる、禿(かむろ)で、十四からが、新造(しんぞう)と言う。
新造は、三つあって、一つが、引っ込み新造。
二つ目が、振袖新造。
三つ目が、留袖新造。
一番位が良いのが、引っ込み新造。
二番目が、振袖新造。
三番目が、留袖新造。
お前がなるのは、引っ込み禿。
その後になるのが、引っ込み新造だ。
引っ込み禿は、普通の禿より、優遇される。
それは、引っ込み禿の方が、将来、色んな男の人と遊ぶと、思われてるからだ。
だから、引っ込み新造になって、太夫になってもらう。
禿と引っ込み禿の違いは、禿は、姉女郎に付いて、姉女郎の世話をし、代わりに、禿にかかる金を、全て姉女郎が払うことになる。
それと違って、引っ込み禿は、全ての金を、楼主と言って、この店の主人(あるじ)が払い、引っ込み禿の借金になる。
引っ込み新造も同じだ。
それから、吉原で禁止されてることを話そう。
まずは、ここに来るときに、大きな門を通っただろ?
その門を勝手に、通っては、いけない。
勝手に通って逃げることを足抜きと言う。
次に、好きになった人と死んでは、いけない。
好きな人とじゃなくても、勝手に死んではいけない。
後、見世には、楼主以外に、若い衆と呼ばれる、男たちが居る。
その若い衆と恋してはいけない。
それが分かったときには、男は、殺されるからね。
若い衆の中には、若くないものも居る。
その人たちも若い衆と呼ぶんだよ。
じゃあ、楼主に会って、挨拶して、姉女郎に挨拶して、若い衆と禿のも挨拶して、見世の中を案内しようかね。」
説明を聞いた、あたしは、おせんに連れられて、楼主のとこに行った。
おせんは、楼主の部屋の前で、軽く、身なりを整え、あたしのも整えた。
そして、楼主に声をかけた。
「おはようございます。
おせんです。
新しい子を連れてきました。」
すると、部屋の中から、声がした。
「おせんか。
入れ。」
部屋に入ると、般若の顔した人が居た。
あたしは、怖くて、おせんの後ろに隠れようとした。
だけど、おせんは、あたしを隣に座らせ、隠れられないようにした。
「この子が、今日入った子です。」
「ほう…。
名前は?」
「名前のことは、まだ、話しておりません…。」
「じゃあ、わしが、決めよう。」
楼主は、腕を組み、悩んだ。
「か…、か…、かがり…。
かがりってのは、どうだ?」
「かがり…。
良い名前じゃないですか。
ねぇ、かがり?」
「はい。」
あたしは、返事した。
「お前は、今日から十四まで、かがりだ。
十四から十六までの間の名前と、十六からここをでるまで使う名前は、また考えよう。
それから、本当の名は、ここを出るまで、使うことはねぇ。
覚えておけ。」
「はい。」
あたしは、返事した。
「かがり、引っ込み禿の話は、聞いたか?」
「はい。」
「習い事のことは?」
「まだです。」
「そうか。
じゃあ、教えてやろう。
禿は、外に習い事をしに行く。
引っ込み禿は、わしが、教える。
だから、掃除が終わったら、わしのとこに来い。」
「掃除ですか…?」
「そうだ。
何だ、一日の行動を教えてもらってないのか?」
「はい…。」
「そうか。
教えてやろう。
起きると、風呂。
次に、朝飯。
飯の用意は、引っ込み禿は、しなくていい。
飯の後、みんなで掃除し、その後、禿は、習い事に出かけ、引っ込み禿は、わしのとこに来る。
習い事が終わると、夕飯。
禿が用意してくれるから、それを食べる。
食べ終わると、寝る。
これが、一日だ。」
「分かりました。」
「おせん。
ゆきの達に挨拶させておけ。」
「はい。」
おせんとあたしは、楼主に挨拶して、部屋を出た。
「じゃあ、まず、この見世で、一番偉い人に会いに行く。
ゆきの太夫と言って、ゆきの太夫と呼ぶか、ゆきの姉さんと呼ぶか、どっちかで呼ぶんだよ?」
「はい。」
「他の姉女郎のことも、姉さんと呼ぶんだよ?」
「はい。」
「姉さんと呼ばなくていいのは、禿だけだよ。
いいね?」
「はい。」
おせんとあたしは、二階に上がり、一番奥の部屋の前で、おせんは声をかけた。
「ゆきの。
新しい子が入ったから、挨拶させたいんだけど、いいかい?」
「いいよ。」
「じゃあ、失礼するよ。」
あたしとおせんは、部屋に入った。
そこに居たのは、色白で、たれ目で、唇が薄く、左の涙袋にほくろがある、優しそうな人だった。
「綺麗な子が入ったじゃないか。」
「そうなんだよ!
飛んだ掘り出し物さ。
さぁ、挨拶しな。」
あたしは、おせんの隣に座って、挨拶した。
「今日から入りました。
かがりと申します。
よろしくお願いします。」
「ゆきのよ。
よろしくね。」
ゆきのは、挨拶したら、あたしに、手招きをした。
「おいで。」
あたしは、少し、近付いた。
「ふふ…。
もっと、近くにおいで。
わたしの膝においで。」
あたしは、恐る恐る、膝に行った。
「ふふ…。
緊張しているね?
そうだ!
菓子をあげよう。」
ゆきのは、菓子を一つ取った。
「これはね、最中の月と言って、有名な菓子だよ。
さぁ、お食べ。」
「はい。
ありがとうございます。」
あたしは、一口食べた。
口の中に広がる、甘さと美味しさ。
「わぁー…。
甘くて美味しい…。」
ゆきのは、あたしの反応を見て、微笑んだ。
あたしは、最中の月を食べて、にこにこしていた。
「いい顔だね。」
「ありがとうございます。」
あたしは、照れた。
菓子を食べ終わると、挨拶をし、部屋を出た。
「次は、格子太夫と言って、二番目に偉い人達に、挨拶しに行くよ。」
「はい。」
次に来たのは、格子太夫の水連のとこに行った。
「ここだよ。」
「はい。」
あたしとおせんは、水連に許可取って、部屋に入った。
水連は、細い一重のたれ目で、口元左下にほくろがあって、色白だった。
「水連、今日入った子だよ。」
「かがりと申します。
よろしくお願いします。」
「水連よ。
格子太夫の中で、一番年上よ。
よろしくね。」
水連は、微笑んだ。
あたしとおせんは、水連に挨拶し、部屋を出た。
次に行ったのは、ひさのの所だった。
ひさのは、きつね目で、ぷっくりした唇で、色白だった。
次に行ったのは、あおはのとこだった。
あおはは、大きくくりっとした目で、幼く見えた。
「次は、新造に挨拶するよ。」
「はい。」
新造のとこに行った。
新造の部屋に入って、挨拶した。
「私は、みつば。
よろしくね。」
みつばは、振袖新造で、一重のきつね目の人だった。
「わたしは、つつじ。
よろしく。」
つつじは、振袖新造で、細目の一重で、右の涙袋と頬に
ほくろがある人だった。
「あたいは、みずはだよ。」
みずはは、留袖新造で、一重の切れ長の目で、綺麗な顔立ちだった。
「わたしは、かずは。」
かずはは、留袖新造で、一重の切れ長の目で、右頬に、ほくろがある。
「あたしは、ゆいな。」
ゆいなは、振袖新造で、二重のくり目で、左頬にほくろがあった。
次に、あたし達は、下に降りた。
「ここが食堂。」
そう言うと、食堂の中に向かって言った。
「引っ込み禿が、今日から入るから、食事の準備するんだよ!」
中から、返事が返ってきた。
次は、禿を紹介してもらった。
「私は、もみじ。
八歳だよ。」
もみじは、たれ目で、ぷっくり唇で、口元の右下にほくろがあり、色白だった。
「あたいは、あざみ。
七歳だよ。」
あざみは、くり目で、幼く見えた。
「わたしは、ふみ。
十歳よ。」
ふみは、つり目で、きつく見える。
「私は、なぎさ。
十二歳。」
なぎさは、細目の綺麗な顔立ちだった。
「あたしは、ふじ。
十一歳。」
ふじは、一重の切れ長の目で、左頬にほくろがあった。
「わたしは、ちとせ。
八歳。」
ちとせは、猫目で、右手の親指の付け根に、ほくろがあった。
「私、はつね。
九歳。」
細目ののたれ目で、可愛い顔立ちだった。
「あたしは、あづま。
九歳。」
あづまは、つぶらな瞳で、右頬のほくろがあった。
「あたいは、いぶき。
十歳。」
細目のたれ目で、左の涙袋にほくろがある。
「わたしは、なつめ。
十一歳。」
二重のくり目で、幼く見えた。
「あたしは、ききょう。
十三歳。」
少したれ目で、色白で綺麗な顔立ちだった。
「わたしは、ねいろ。
十二歳。」
一重のたれ目で、口元左下にほくろがあった。
「私は、なつほ。
十三歳。」
二重のくり目で、幼く見えた。
「かがりです。
歳は、七歳です。」
「じゃあ、禿は、ご飯の用意しな。
かがりのも準備するんだよ?!」
禿達は、返事をした。
「かがり、次は、若い衆に挨拶しに行くよ。」
「はい。」
あたしは、おせんに連れられ、若い衆のとこに行った。
おせんは、若い衆を集め、挨拶させられた。
「この子が、「どこか行きたい。」と言ったら、そこに連れて行くこと。」
それを聞いた、若い衆は、返事した。
「かがりも分かったね?」
「はい。」
「じゃあ、行こうか。」
「はい。」
食堂に戻ると、もう、ご飯の準備が終わっていた。
禿達とあたしは、神棚の下に集められた。
「かがり。
禿は、この表を読んでから、朝ご飯を食べるからね。
みんなと一緒に、読むんだよ!」
「はい。」
みんなで、表を読んだ。
それから、もみじが、あたしの席を教えてくれて、朝ご飯を食べた。
「席は、いつもかわらないから、覚えてね?」
「うん。
ありがとう。」
朝ご飯を食べてると、他の姉さん達が、降りて来て、朝ご飯を食べ始めた。
朝ご飯を食べていると、姉さん達の話し声が聞こえて来た。
「新しい子が、入ったんだね。」
「ほんとだ。」
「綺麗な子やね。」
そこに、あおはが来て、話しに加わった。
「あの子は、今日から入った、引っ込み禿のかがりだよ。」
「引っ込み禿?1!
珍しいね。」
「でも、納得の綺麗な子だねー。」
「本当に。」
「将来が、楽しみだねー。」
「うん、うん。」
姉さん達が、話してると、あおはは、面白くないと言った顔。
「ねぇ、もみじちゃん。
何で、あおは姉さんは、怒ってるの?」
「あぁ、いつもは、あおは姉さんの話しで、盛り上がるから、気に入らないんだよ。
あおは姉さんには。気を付けて。」
「う…、うん…。」
「そう言えば、かがりちゃん。
引っ込み禿ってことは、自分の部屋があるはずだよ。
聞いてみた?」
「ううん。
聞いてない。」
「じゃあ、この後かな?」
朝ご飯を食べ終わると、おせんに呼ばれた。
「かがり、これから、お前の部屋に案内してやる。
ついて来な。」
「はい。」
あたしは、おせんについて行った。
「ここが、お前の部屋だよ。」
「はい。」
あたしは、中に入ってみると、大きな桐箪笥(きりたんす)と、長方形の小さな机と、ごみ入れ、布団に、雪洞(ぼんぼり)
、正面には、障子窓があった。
「すごーいっ!!」
あたしは、大喜びした。
おせんは、そんなあたしを見て、桐箪笥の中を見るように言った。
おせんの言った通りに見てみると、沢山の着物と小物が入っていた。
「わぁーーーー…。
きれーいっ!!」
あたしは見たことのない、綺麗な着物と小物に心を奪われた。
「そろそろ、掃除が終わる。
その中の着物から選んで、着替えて、楼主のとこに行きな。」
「はい。」
あたしは、着物を着替えて、一階にある、楼主のとこに行った。
「失礼します。
かがりです。」
「かがりか。
入れ。」
「はい。
失礼します。」
あたしは、楼主の部屋に入った。
「かがり。
着替えたのか?
よく似合ってるな。」
「沢山の着物と小物、ありがとうございます。」
「礼はいい。
お前の金だからな。」
「はい。」
「今日は、挨拶の練習だ。
おめぇさんは、近々、この吉原で、有名になる。
その時、ちゃんと、挨拶が出来ねぇと、この近江屋の顔が潰れちまう。
だから、挨拶は、厳しくいくからな?」
「は…、はい。
よろしくお願いします…。
(緊張する…。)」
楼主は、頷いた。
楼主の教えは、厳しかった。
あたしは、覚えるのに必死…。
「かがりは、覚えるのが、早いな。」
「ありがとうございます。
楼主の教えのお陰です。」
楼主は、「かかか。」と笑った。
「かがり。
おめぇさんは、良い子だ。」
「ありがとうございます。」
教えが終わり、楼主は、若い衆の一人を呼んだ。
来たのは、池田と言う人で、池田は、二十歳くらいのつり目で、きりりとした、男前だった。
「かがり。
若い衆と飯番にも、敬語はいらないからな?」
「はい。」
「池田、かがりを部屋に、連れて行け。」
「へい。」
あたしは、池田について来てもらい、部屋に戻った。
あたしは、部屋に入って、正面にある、障子窓を開け、少し、座れるようになっている所に、腰をかけた。
外を見れば、もう男の人が、歩いていた。
「(ご飯まで、ここにいよう…。)」
そう思いながら、桐箪笥の方を見ると、着物の切れ端が見えた。
「(えっ…。)
(あれ、何?)」
あたしは、桐箪笥に近付いた。
すると、着物が、ぐちゃぐちゃに、切り刻まれていた。
あたしは、固まった。
そして、切り刻まれた、着物を持って、おせんに泣きついた。
おせんは、すぐに、楼主に言いに行った。
楼主は、激怒。
「わしは、呉服商を呼んでくる。
新しい、着物を作らせるために。
おせん、お前は、犯人を探せ!」
「はい。」
「かがり、少し待ってろよ?」
「はい。」
楼主は、すぐに、呉服商を呼んできた。
「かがり。
好きな反物、着物、小物を選べ。
金のことは、気にするな。
犯人に、払わすから。」
「はい。」
あたしは、自分の部屋で、呉服商に反物を選ばせてもらった。
あたしが、選んだのは、高いものばかりだった。
「目利きが良いですね。
どれも良いものばかりですね。
こっちは、着物と小物です。
早急に、着物が必要でしょうから。」
「ありがとうございます。」
また、あたしが選んだのは、良いものばかりだった。
呉服商は、楼主にそのことを伝え、請求書を置いて行った。
あたしは、寝間着に着替え、晩ご飯を食べた。
あたしのご飯は、みんなと同じ、じゃが芋の煮っころがし、ほうれん草のおひたし、あたしだけに、冷奴、味噌汁だった。
姉さん達は、男の人と遊んでない時に、急いで食べていた。
あたしが、寝間着に着替えてるのを見て、ききょうと、ふみと、あづまは、顔が青ざめていた。
そのことに気づいた、おせんは、三人に声をかけた。
「ききょう、ふみ、あづま、後で、私の部屋に来な。」
三人は、益々、青ざめた。
三人が、おせんと話している時に、あたしは、部屋に戻り、眠りについた。
次の日の朝、あたしは、お風呂の用意をして、お風呂に行った。
広い脱衣所、広いお風呂に、あたしの胸は、踊った。
「(わー…。)
(おっきいーーーーっ!!)」
あたし以外の禿は、自分の担当の姉さんの体を洗っていた。
あたしは、自分の髪と体を洗って、湯船につかり、その様子を見ていると、ひさのが話しかけて来た。
「かがり。
あまり長湯をすると、のぼせるよ?
早く出な。」
「はい。」
あたしは、ささっと、お風呂を出て、着替えた。
みんなは、まだ、出てきそうになかったので、あたしは、若い衆のとこに行った。
そして、若い衆の部屋の前で声をかけた。
「あのー…。
おはよう…。
誰か、起きてる?」
すると、障子が開き、池田が出てきた。
「これは、かがりさん。
おはようございます。
どうしたんですか?」
池田は、笑顔で応えた。
「あの…、大きな門の近くにある、桜が見たくて…。」
「分かりました。
ご一緒致しましょう。」
あたしと池田は、大きな門のとこに向かった。
行く途中、昨日、おみつと話していた、大きな門の近くの店の人が居た。
「おっ、昨日の子じゃないか。」
「おはようございます。
近江屋で、引っ込み禿を務めさせて頂いております、かがりと申します。」
あたしは、深々と頭を下げた。
「ほう…。
かがりって名になったんですかい。
しかも、引っ込み禿。
すげぇっすね。
こかぁ、四郎兵衛会所てぇとこで、吉原専用の番所でさぁ。
悪いことしたら、あっしらの出番ってぇことですわ。
悪いことは、しねぇようにして下せぇ。
それと、あっしの名前は、たのすけと言いやす。
あっしら、会所の者には、呼び捨てで構いやせんし、敬語も要りやせん。
今後も、よろしくお願いしやす。」
「こちらこそ、よろしく。」
あたしは、笑顔で応えた。
たのすけは、二十五歳くらいに見え、池田と同じきりりとした目をしていた。
「かがりさん、そろそろ…。」
「ええ、そうね。」
あたしと池田は、たのすけに、一礼して、桜を見て、見世に帰った。
見世に帰ると、朝ご飯の準備はもう出来ていた。
表を読んでいると、ききょうと、ふみと、あづまは、顔が青ざめていた。
席について、ご飯を食べ始めると、ききょう達は、顔を伏せた。
あたしは、何故、顔を伏せたのか、分からなかった。
そこへ、おせんが来て、「朝ご飯を食べ終わると、楼主のところに行きな。」と、あたしと、ききょうと、ふみと、あづまと、あおは姉さんが呼ばれた。
呼ばれた、あたし達は、楼主のところに行った。
楼主は、ききょうと、ふみと、あづまの名前を呼んだ。
「かがり。
昨日の、着物の件だが、こいつらがやったと分かった。」
「えっ…。」
あたしは、驚いた。
「おめぇさんの着物と小物代は、こいつらの姉女郎のあおはに、払わす。
いいな?
あおは。」
「なんでよ?!!
やったのは、この三人でしょ?
この三人に払わせてよ!!」
「おめぇさんが、この三人にやらせたんだろ?」
「そんなことしてないわよ!!
勝手に、この三人がやったんでしょ?!」
「この三人から聞いたんだ!!
いい加減にしろ!!
裏は、取れてんだ!!
おめぇさんは、今日から、局(つぼね)だ!!」
「そんな…。
期間は?
すぐに戻してもらえるんでしょ?」
「おめぇさんのやり方は、陰湿で卑怯だ!
許されるもんじゃねぇ!!
無期限だ!!」
「そんな…。」
楼主は、若い衆の池田を呼んだ。
「おい!!
池田!!」
「へいっ!」
「局の部屋を一つ作れ。
それと、かがりの部屋に、鍵を、表裏に、
付けろ。
かがり、今後こんなことがないように、鍵を使え。」
「は…、はい…。」
あおはは、あたしの方を、睨みつけていた。
「じゃあ、かがりさんから、行きましょうか?」
「はい。」
あおはとすれ違う時、あおはは、あたしのことを睨みつけて、「お前なんか、絶対に許さないっ!!」と言ってきたので、反論した。
「じゃあ、同じ土俵に立った時、楽しみですねぇ。
あおは姉さん。」
あたしは、「くすくす。」と笑った。
楼主も、おせんも、あおはも、ききょう達も、驚いた。
あたしは、「この人だけには、負けたくない!!」そう思った。
あおはは、顔を真っ赤にして、激怒した。
「引っ込み禿だからって、調子乗んなよ?!!」
「姉さんこそ、気を付けて下さいね?
あたしが、男の人と遊ぶようになった時、格子太夫の戻ってたらいいですね?」
あたしは、「くすくす。」と嫌味たっっぷりに笑った。
そして、池田と部屋に戻った。
「かがりが、あんな事を言うたぁなぁ。
流石、引っ込み禿。」
あたしの部屋には、南京錠を付けてもらった。
あおはは、局の部屋の準備が出来てから、嫌がりながら、池田に連れていかれた。
局とは、格子太夫より、一つ下の階級で、張見世と呼ばれる、外から見える、部屋で待つ事はなく、ただ、自分の部屋を与えられただけの遊女で、客を付けられるのを待つ遊女のこと。
太夫になるには、かなりの努力が必要となる。
あおはが、局になった事は、すぐに、広まった。
中には、指を指して笑う者も居た。
あおはは、激怒し、そのまま接客をし、お客を怒らせた。
楼主は、あおはを仕置部屋に入れた。
こうなれば、益々、太夫にはなれない。
あたしは、ききょう達のことを許した。
ききょう達は、それぞれ、別の姉さんの下につくことになった。
ききょうは、ゆきの。
ふみは、水連。
あづまは、ひさのの下に、着くことになった。
次の日ー。
あたしは、早めに、お風呂から出て、着替え、若い衆のとこに行った。
今日、出て来てくれたのは、瀬尾だった。
「どうしたんですか?」
「桜を見たくて、大きな門のとこに連れてって欲しいの。」
「そう言う事でしたら、ご一緒致します。
じゃあ、行きましょうか?」
「はい。」
瀬尾は、二十五歳くらいで、二重の細目だった。
あたし達は、桜の所に行った。
「かがりさんは、桜が好きなんですね。」
「うんっ!!」
「じゃあ、明日の桜祭りとか、楽しみなんじゃないですか?」
「桜祭り?!!」
あたしは、目を輝かした。
「毎年、この時期に、するんです。」
「そうなんだ。
楽しみ!」
「帰ったら、楼主に、ご相談下さい。」
「分かったわ。」
「そろそろ、帰りましょうか?」
「うん。」
あたし達は、見世に帰った。
朝ご飯の準備が終わっていた。
表を読んで、朝ご飯を食べ、掃除をし、楼主のとこに行った。
あたしは、楼主に、明日の相談した。
「楼主、明日、桜祭りがあると聞きました。
桜祭りに行きたいんですけど…。」
「金か…?
なら、五十文やろう。
明日、取りに来い。」
「分かりました。」
「あー、若い衆を連れていけよ?」
「はい。」
「明日、風呂上がりに来い。
金を渡してやる。」
「はい。」
「じゃあ、今日の教えだ。
今日は、茶道だ。」
あたしは、お茶の道具の運び方から、お茶の入れ方、差し出し方、全て、教え込まれた。
そして、楼主が「美味しい。」と言うまで、お茶を入れた。
お茶の入れ方を合格したら、片付け方を学んだ。
「今日の教えは、ここまで。
よく頑張ったな。」
「ありがとうございます。」
教えが終わり、あたしは、部屋に戻った。
あたしは、障子窓を開け、外を見た。
通りには、まだ、男の人が、通ってなかった。
夕暮れ時の夕日を見ながら、晩ご飯まで待った。
そこへ、もみじが来た。
「かがりちゃん、晩ご飯だよ。」
「分かった。
ありがとう。」
あたしは、鍵をかけ、もみじと降りた。
「もみじちゃん、明日、桜祭りなんだって。
知ってる?」
「知らなかった。
かがりちゃん、行くの?」
「うん。
若い衆を連れて。」
「そうなんだ。
私も、姉さんに言ってみよう。」
「うん。
それがいいよ。」
禿達の中で、桜祭りの話しで、持ちきりだった。
晩ご飯が終わって、あたしは、自分の部屋に戻り、障子窓を開け、外を見た。
通りには、他の見世の姉さんや、男の人が、通っていた。
あたしは、それを少しだけ見て、眠りに就いた。
次の日ー。
お風呂から出た、あたしは、お風呂用具の片付けをして、楼主のところに行った。
「おはようございます。
かがりです。」
「おう。
かがりか。
入れ。」
「はい。」
「約束の五十文だ。」
「ありがとうございます。」
それから、若い衆のとこに行った。
「おはよう。
誰か起きてる?」
障子戸の前で、声をかけると、重松が出てきた。
重松は、六十歳くらいの人で、左頬にほくろがある人だった。
「かがりさん、どうしたんですかい?」
「桜祭りに行きたくて…。」
「なるほど。
では、他の奴に、頼みましょう。」
そこに、瀬尾が来た。
「わたしが行きましょう。」
「そうか。
頼んだ。」
重松は、そう言うと、奥に入っていった。
「じゃあ、行きましょうか。」
「うん。」
「混んでますから、迷子にならないように、肩車致します。
よろしいですか?」
「はい。」
あたしは、瀬尾に、肩車してもらった。
そして、通りに出た。
通りには、沢山の人が居た。
いつもは居ない、女、子どもまで居た。
「(わー…。)
(すごい人…。)」
「かがりさん、どこから見ますか?」
「まず、飴屋さん!」
「はい。」
瀬尾は、飴屋に連れてってくれた。
あたしは、十本入りのべっこう飴を買った。
「次は、どこに行きましょうか?」
「お面屋さん!」
「はい。」
「へい!
らっしゃい!!
どのお面にしやすか?」
あたしは、沢山ある、お面をじっくり見て決めた。
「一番上の右端にある、狐のお面!」
「これかい?」
あたしは、大きく頷いた。
「はいよっ!」
「おいくらですか?」
「四文になりやす。」
あたしは、巾着から、四文を渡した。
「まいどあり!!」
あたしは、お面を後ろに付け、飴を握りしめた。
「かがりさん、他には?」
その時、風車屋が通った。
あたしは、声をかけ、止まってもらった。
「へい!
どれにいたしやしょ?」
あたしは、悩んだ。
桜模様が多かったから。
「どれにしようかな〜…。
あっ、これにするー!!」
あたしが選んだのは、紫の和紙に、桜模様が、ついてる物だった。
「では、四文になりやす。」
あたしは、巾着の中から、四文を出した。
「まいどっ!!」
あたしは、飴と風車を右手をに持ち、色んな店が出てて、見て回っていた。
「お腹すいたぁ…。
おそば食べようよ。」
「はい。」
お蕎麦屋さんで、蕎麦を食べて、帰ることにした。
帰ってる、途中、通りの反対側から、同じ年くらいの男の子が見えた。
男の子も、肩車されていて、目線が同じくらいだった。
男の子は、私に気付き、すれ違う時、お互いに、にこっと笑って通り過ぎた。
あたしは、そのまま、見世に帰った。