「弘樹!」
同級生で、幼馴染の由紀乃だ。
「なに?」
「卒業前に、みんなでボーリングに行くけどどうする?」
「みんな?」
「そう、大志や弥生も一緒だよ」
うーん。ボーリングは魅力的だけど、僕は高校受験が残っている。
「ごめん。行きたいけど、受験がまだ有るからね」
「え?弘樹は、私立に受かっているよね?」
「うん。滑り止めだからね。本命は、商業だよ」
「そうだったの?」
「うん」
大志や弥生と家に来て、兄さんたちと受験の話をしていた。
「でも、私立なら、私と一緒に行けるよ?」
由紀乃の言葉が、少しだけイラッとした。
「はぁ?僕は、商業に入って、情報処理の勉強をしたいの?由紀乃と一緒に行くよりも、僕のやりたい事がある!」
「ごめん」
え?なんで、そこで謝るの?
僕が悪いの?
「弘樹。ごめん。もう誘わないね」
「受験が終わるまでは無理」
「うん。商業だと、佳奈と一緒だよね?」
「へぇ。そうなの?」
「う・・・ん。ううん。なんでもない。ごめん。変な事を言ったよね。忘れて。それじゃ受験頑張ってね」
「うん。ありがとう」
何がなんだかわからない。
わからないけど、由紀乃が悲しそうな顔をしていたのがわかった。
その原因が僕にある事も解る。でも、何が理由なのかわからない。
僕は、由紀乃を悲しませるような事を言ったのか?
会話を思い返してもよくわからない。
部屋に返ってから、勉強をしていても手に付かない。
由紀乃の泣きそうな顔が頭から離れない。
今は受験に集中しないとダメだ。
受験が終わったら、謝ろう。
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受験が終わった。
面接も問題はなかったと思う。伯父さんが商業出身だったので、想定される面接や学校の事を教えてもらった。
想定していた質問は来なかったけど、落ち着いてやれば問題ないと言われていた。
面接が終わって、部屋から出ていこうとした時に面接官に声をかけられた。
そんな事は想定していなかったので、パニックになりかけたのだが、常に見られていると思えと言われていたので、取り乱す事なく立ったまま質問に答えた。
自分でもよくできたと思う。
筆記試験も大丈夫。自己採点では、8割はあっている。
同じ商業を受験している、佳奈や努や康生とも答え合わせをした。
先生からは、自己採点で7割は必ずクリアしろと言われている。
全教科8割はクリアした。理科と数学と社会は、9割を越えている。
これで受験も終わった。
由紀乃に謝ろう。メッセじゃなくて、直接会って謝ろう。
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家に帰って来て、すぐに由紀乃の家に行こうかと思ったが、夕方になっていたので、明日行こうと考えた。
大志と弥生からは、受験の様子がどうだったのかを聞かれたので、簡単に説明をして、合格できそうだと返事をした。
「弘樹!どうだった?」
「ん?問題はないと思うよ?」
「そうか、発表は何時だ?」
「再来週の月曜日」
「そうか、俺も夏帆も仕事だな」
「いいよ。1人で見に行ってくるよ」
「オヤジとオフクロに頼んでおく」
「え?うん。わかった」
父さんは本当にマイペースだ。
自分と母さんが高校を卒業していないから別に勉強しなくても怒られた事がない。兄さんたちも同じだ。
おじいちゃんとおばあちゃんは、すぐ近くに住んでいて、父さんが連絡したらすぐに家にやってきた。
「よし。それじゃ少し早いけど、受験お疲れ様会でもやるか?」
父さんは、なにかにつけて食事会をしたがる。
おばあちゃんが言っていたけど、父さんは食事会の時に、普段行けないような店を予約して、おばあちゃんやおじいちゃんにお金を払わせているようだ。
そのまま、父さんは普段では絶対に行かないような鉄板料理屋に予約を入れていた。
僕と父さんと母さんとおばあちゃんとおじいちゃんの5人だけで行く事になった。
合格発表までの9日間。
僕は、まだ合格していないのに、親戚の人たちや父さんや母さんの友達からお祝いの食事会に誘われまくった。
僕を肴に盛り上がりたいだけのようだったが、父さんも母さんもせっかくだから出ておきなさいとだけ言われた。
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合格発表の当日。
10時に高校で発表が行われる。合格者は、そのまま手続きを行うようだ。
父さんと母さんが来られないので、おばあちゃんとおじいちゃんが一緒に行ってくれる。
最初僕は電車を乗り継いで学校まで行くつもりだったが、おじいちゃんが車を出してくれるというので、車で行く事になった。
学校に行く時の経路は、合格してから考えればいいと言われたからだ。
学校につくと、もう人が沢山居た。
真剣な表情で、掲示板を見ている。
おばあちゃんはさっさと車を降りて僕の受験票を持って掲示板に行ってしまった。
「ひろちゃん!」
おばあちゃんが見ているのは、僕の希望した科だ。商業は、科を第二希望と第三希望が出せる。僕は、情報処理科しか考えていなかったので、第二希望は書いていない。もし、希望が通らなかった場合でも、補欠合格が有るのだが、情報処理科は一番人気なので補欠合格は無いだろうと先生に言われている。
おばあちゃんが戻ってきた。
「ひろちゃん。おめでとう!合格していたわよ」
「本当?」
「ほら、一緒に見に行こう」
おばあちゃんはまた人垣を分けて入っていく僕はその後に続いた。
掲示板に自分の番号を見つけた時には、涙が出そうになった。
合格するために勉強してきた。できる事は全部やった。
だから、これで不合格ならしょうがないと思っていた。
でも、合格できた。
おばあちゃんからの”おめでとう”がすごく暖かくて嬉しい。
”弘樹くん。どうだった?私も合格していたよ。4月から一緒の学校だね。よろしく”
佳奈からメッセが届いた。
努や康生も無事合格したようだ。
「おばあちゃん。友達が来ているから、友達と一緒に帰りたいけどだめ?」
「いいけど、父さんと母さんには連絡しておきなさいね」
「うん!」
「あまり遅くならないようにしなさいね」
「解っている」
佳奈と努と康生とは、学校を出た所で待ち合わせをした。
努と康生は、市内で両親がお祝いをしてくれると言って、駅で別れた。
佳奈と二人で電車に乗って帰る事になった。
なんだか気まずい。
「弘樹くん」
電車を降りて周りに人が居ない所で、佳奈に呼び止められた。
「なに?」
「やっぱり、気がついていないよね?」
「だからなに?」
「私が、弘樹くんの事が好きだって事!」
「え?だって?え?」
「ほらね。いいよ。片思いだって解っていたし、弘樹くんには、由紀乃が居るからね」
「え?なんで、ここで、由紀乃が出てくるの?」
「は?」
「え?僕?え?え?」
なぜか急に、佳奈が僕の事が好きと言い出して、勝手に振られた雰囲気を出して、なぜか由紀乃の名前を出す。
たしかに、由紀乃とは一緒に居る事が多いけど、それは幼馴染で子供の時から一緒に居たからで?
違うの?
「はぁ・・・。由紀乃も可哀想に・・・」
どうやら、由紀乃と佳奈は二人で話し合いをしたようだ。
これで、由紀乃の悲しそうな顔や泣き出しそうな顔の理由がわかった・・・様な気がする。
僕の独りよがりでなければいいな。
「弘樹くん。私が言うのもおかしいけど、由紀乃の事を真剣に考えてあげてね」
「うん。わかった。あっそうだ。合格おめでとう」
「ありがとう。弘樹くんも合格おめでとう」
佳奈と最寄り駅で別れた。
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沢山の人から”おめでとう”を言われた。
僕が高校に合格したからだ。
無事志望校の希望した科に合格する事ができた。
中学の卒業だけなのだが、僕には一つだけ心残りがある。
今から、その心残りをはっきりさせようと思っている。
「由紀乃!ひろちゃんが来たわよ!」
「居ないって言って!」
「おばさん。ありがとう。勝手に上がるね」
「うん。なんか、この前から由紀乃がおかしいのよ。ひろちゃんに会いたくないとか言ってね」
「ごめん。おばさん。僕が悪かった」
「いいのよ。あの子が意固地になっているだけでしょ。あっそうだ。ひろちゃん。合格おめでとう」
「ありがとう。おばさん」
由紀乃の部屋は解っている。
何度も遊びにきているからだ。2階の奥の部屋だ。階段を上がるだけなのに、僕の心臓がドキドキしている。
「由紀乃。商業合格した」
「・・・」
「それで、佳奈に告白された」
「!!」
「よくわからない。そう返事をしてから、自分の気持ちを考えた」
「!!」
ダメだ。
すごく緊張する。
「由紀乃。僕は、由紀乃が好きだ。もう僕の事なんて嫌いかも知れないけど、ここから始めないと、僕は高校に安心して行けない」
「・・・」
ドアが開いた。
「由紀乃」
「弘樹」
「「ごめん」」
二人同時に頭を下げて、お互いの頭が当たってしまった。
すごく痛かったがなんだか笑ってしまった。
「由紀乃?」
「私、弘樹が好き。ずぅーと好きだった」
「うん。ごめん」
「本当だよ。弘樹以外はみんな知っているのに!」
「え?本当?」
「うん。大志や弥生なんて賭けをしていたくらいだよ」
「賭け?」
「そう、私と佳奈のどちらと付き合うか?」
「それで?」
「二人とも、佳奈に賭けたわよ」
「由紀乃に賭けたのは?」
「私だけ」
「それじゃ、由紀乃の一人勝ちだね」
「・・・。ねぇ弘樹。私でいいの?」
「由紀乃じゃなきゃダメ」
「私、馬鹿だよ」
「大丈夫。僕が勉強教える」
「私、わがままだよ」
「知っている。でも、僕にだけわがままなのだよね」
「私、嫉妬深いよ」
「知っている。だから、僕は由紀乃を悲しませたくない」
「本当?」
「うん。本当だよ」
何故かわからないけど、笑いだしてしまった。
「あっそうだ。弘樹、商業、合格おめでとう!」
僕が一番聞きたかった、”おめでとう”がやっと聞けた!
大志と弥生からは思いっきり責められた。賭けに負けた事ではなく、気がつくのが遅すぎると言われた。由紀乃がどれだけ待ったのか、しっかり考えろと言われた。
でも、大志と弥生療法から、言われた”おめでとう”は合格への言葉じゃない事はすぐにわかった。
照れくさかったが、なぜだかすごく暖かくて、嬉しくなってしまった。
由紀乃も同じ様な気持ちになってくれていたら、嬉しいな
fin