「高校3年になる前の春休みだったよ。いつもみたいに帰宅後にロードワークに出掛けた。長い距離を走り河川敷を通って帰る時だった。週末だったこともあって、結構疲れていて集中力がなかった。ぼーっと走っているところに、車が来て……ぶつかったんだ」
 「え………そんな事、聞いてないよ!?」
 「言ってないからな。家族にも口止めしておいたし」
 「どうして話してくれなかったの?」
 「………心配するだろ?おまえ。………それに、練習だってさせてくれなくなっただろうし」
 「………当たり前じゃない。怪我をしたならなおさらよ」
 「だからだ。あの時の俺は焦ってたんだよ。1日でも練習に出れない事で周りと差が出来るのが怖くてしかたがなかったんだ」


 千絃は前髪をかけあげながら、ため息をつきそう言った。後ろめたいのか、千絃の視線は先ほどからずっと下を向いていた。
 そのまま独り言を言うように囁くように過去の事を話してくれる。


 「ぶつかったって言っても車もあまりスピードも出ていなかったし、大した怪我じゃないと思ってた。事故に遭った後もすぐに動けたし、ぶつけた膝が痛いのもすぐになくなると思ってた。だから、次の日も練習を続けたけど……治らなかったんだ。ますます痛くなるだけだった」
 「そんな………」


 最近起こった事故ではない。
 けれど、当時の千絃の気持ちを考えると、響は胸の奥が締め付けられる思いだった。
 怪我により思うように動けない苦しみや痛み。そして、これからどうなってしまうのかという不安が高校3年生という彼に突きつけられた。