「強くなってどうするんだよ。そんなの意味ないだろ……」
 「え………」
 「俺はもう剣道は止める。ひびも、無理してやる必要なんてないだろう。剣道だけが全てじゃない………」
 「………じゃあ、約束はどうするの?」
 「………そんなの子どもの頃の約束だろ。忘れろ」
 「1年生の時に話したじゃない!!強くなるって言ってくれたでしょ………!」
 「それじゃ意味ないだろ。もういいだろ。ひびは早く稽古に戻れ」


 
 千絃はため息をつきながら、頭を掻いた。
 彼が面倒だと思ったり、苛立っている時に出る癖だ。響の前ではめったにしない仕草。
 そして、いつもより乱暴な言葉と鋭い視線。

 何より、彼の気持ちの変化が響に大きな傷をつけた。


 怒るより悲しさと苦しさが襲ってくる。
 千絃がいるから、もしもの事があっても託していける。夢が実現出来る。
 そして、怖くない!と思った。


 彼を信じ、頼ってきたのが間違いだと思いたくはなかった。響にとって千絃はとても大切な存在だったのだから。

 だからこそ、苦しくて、悲しくて、悔しい。
 響は、真っ白の袴を強く握りしめた。

 そして、涙を必死に堪えて、唇を噛み締めて、千絃と同じような視線で睨んだ。
 響が千絃に対して本当に怒ったのはこれが初めてだったかもしれない。そして、最後になるだろう。響はそう思った。