『麗しの女侍』とは、響が剣道選手だった頃に呼ばれていたものだった。確か、新聞かテレビが勝手につけたもので、見た目は女らしいのに剣を持つと凄腕の剣士になる、とよく報道されていた。見た目だけで判断されているようで、響はあまり好きではなかったけれど、評判がよかったようで剣道場に観戦に来てくれるお客さんも増えたというので、感謝はしていた。
けれど、千絃に言われると全く嬉しくないのだ。
「選手辞めたんだってな」
「えぇ。だから、そんな風に呼ばないで欲しいの」
「………酷くなったのか?」
千絃の声が先程よりも優しくなり、心配そうに響を見ているのがわかった。
けれど、それは響にとって聞きたくもない言葉だった。
「嘘つきのあなたには関係ないでしょ?!」
つい大きな声で叫んでしまう。
自分の声にハッとして、響はたじろいでしまう。けれど、その言葉を向けた相手は、無表情のまま響を見ていた。それを見て、一人でカッとなっているのが恥ずかしくなり、顔を赤くしたまま、彼から離れようと千絃の横を走り抜けようとした。
けれど、咄嗟に千絃の手が響の腕を掴み、拘束したのだ。
「なっ!………やめて、離して!」
腕を強く引っ張るが、彼の手はびくともしない。鍛えていたとしても、男には敵わないという現実が悔しくて仕方がなかった。せめて、竹刀でも持ってきていれば、と響が後悔の念に駆られている時だった。
少し大人っぽくなった低音の声で、千絃が驚きの言葉は口にしたのだ。
「俺と一緒に働かないか?」
響はその言葉を耳にした後、しばらく彼の茶色がかった瞳を唖然と見つめるしか出来かった。
響は、数年経ったとしても彼の前では強くなれないな、と実感した。